遠く
伊東甲子太郎が屯所に居ついて二日目の朝のこと。
カンナは大きくあくびをした。
「君ってさ、本当に女の子?」
「総司。・・・私は男だ。そんなこと聞くな。」
カンナは男装をして暫く経つ。
男の口調も徐々に慣れ、今ではもう板についている。
更に江戸時代に似合わぬ大あくびをしているのだから沖田が言うのも仕方ない。
「ねぇ、僕さぁ、これから稽古なんだよね。付き合ってよ。」
「唐突だな・・・・・。そんなの嫌に決まってる。」
私はこういうときの総司が苦手。
特に目が・・だ。
総司の目は細められて、口元は上がる。
けれど、本当は笑ってなんていない。
しかも、全てを見透かされて居るみたいで気分が悪くなる。
これに気付いたのは最近のこと。
「どうしてさ?もしかして、僕が怖いの?」
否定は出来ない。
けれど、負けたくもない。
私は意外と負けず嫌いらしい。
「・・・うし。受けてたってやんよ。」
「ははっ・・やっと君と戦える。」
総司の目は、珍しく子どもみたいに生き生きしている。
こんな時は、不覚にも可愛らしいと思ってしまう。
それは、本当は総司の心が幼くて純粋だからなのだろう。
総司が、子ども達と遊んでいるのを見たときは、総司も今みたいにキラキラとした目をしていた。
総司にとっての幸せは、近所の子どもと遊び、仲間と剣を交えて競い合って、
楽しく過ごすことなんだと思う。
ここで、総司の純粋な心を血で染めてしまうのは惜しい。
総司の心は、純粋な子ども達のために、大切な仲間のために使うべきだと思うから。
「早く行こうよ。朝餉の時間になっちゃう。」
「あ、うん。」
でも、今こうして、総司は笑ってる。
ちゃんと笑ってる。 もし、総司がここを一人離れることになったなら、
総司は、怒るんだろうか。それとも、笑顔で別れを告げるんだろうか。
・・・もしかしたら、意地でも仲間について回るかもしれない。
私には、総司の行動をよむことは出来ないけれど、きっと、どの道も間違っちゃいない。
自分の決めた道を歩むのなら、その道は決して間違ってなどいない。
私は、未来で、この新選組からこれを教わった。
「はい、これ。」
総司は私に木刀を投げ渡した。
「本当は、真剣が良かったんだけど、土方さんと近藤さんが許さないから。」
総司の言うとおり、特にこの二人は過保護。
トシは未だに私をなめてるし、近藤さんは女に刀を向けるなどあってはならないなんて言っている。
けれど、私はその日その日の湿度によって、重さの変わる木刀は好まない。
だからといって、竹刀なら?・・・となると、竹刀もだめだ。
真剣なんかよりも軽すぎてふわふわとした感覚になる。
「・・・今、その二人見てないし。」
見られなければいい。
私は昔からそうだった。
親も海外で居ないし、保護者代わりなんて人もいなかったから、なんでもやった。
万引きなんて当たり前の生活をしてたと思う。
今は逆の立場やってるけれど、性格は変わらない。
やっぱり根は悪ガキで、まだ可愛いレベルだけれど、逆らっているのは同じ。
「あははっ。君も悪い子だったんだぁ。
なんだぁ。僕と同じだ。」
総司も、未来に生きていたならば、私と同じ事をやっただろうか。
きっとやっていない。
私は悪ガキで、総司はイタズラ小僧だから、根本的に違う。
イタズラ小僧は、ただ、寂しくて、かまって欲しくてしているだけだから。
私の場合は違った。
寂しくなんてなかった。兼定が傍にあったし。
私はただ、あの汚れた世界を壊したかっただけ。
世界が汚れているから、私も汚れてしまったと思いこんでいたから。
世界が綺麗でさえいれば、私も綺麗な人間になれるんじゃないかって思ったんだ。
でも、こっちに来てわかった。
この世界は綺麗だから、私みたいなのが目立つ。
私みたいな生まれた頃から汚れている奴って言うのは、割と少なかった。
「・・・ねぇ、聞いてる?」
「え?・・・あぁ。まぁ。」
「絶対聞いてないでしょ。・・もう良いよ。あとは、剣で語り合おう。
その方がきいてくれるでしょう?」
ほら、総司は綺麗だ。
以上に綺麗な奴っていうのも、目立つんだ。
けれど、幹部が集まっていると、その綺麗さが急に目立たなくなる。
みんなが同じくらい綺麗だから。
私一人だけが、どうしようもないくらいくすんで見えるんだ。