カンナの苦手なもの
元治元年10月27日
元々、事前にトシから話を聞いていた。
今日、新しく隊士が増えるんだって。
しかも、結構なお偉いさんらしくて、失礼なことすんなよって言われた。
私はそんなにも危険人物だろうか。
「あれ?敢菜ちゃんじゃない。何やってんのさ。こんなとこで。」
カンナが八木邸の縁側に座っているところ、
総司がひょっこりと現れた。
「別に。・・・今日はお偉いさん来るんだって考えてたの。」
どんな奴か。
私の知る歴史上にもでてきた奴だと思うし、
この時期だからだいたい予想は付く。
私の知る歴史とは違う性格であって欲しいと思う。
「ふーん。そのお偉いさんって人さ、どんな人だろうね。」
「さぁ。面白い人だと良いけどね。・・・どうだか。」
カンナはいい人だと良いと願いながらも、半分以上諦めていた。
今まで、歴史と大きく性格がはずれていた人は居ないから。
「・・・敢菜ちゃん、知ってるみたいな言い方だね。」
「かんだけどね。嫌な気ぃする・・。」
カンナがそう言ったとたん、妙に門の方が騒がしくなった。
「なんだろ。・・・もしかして、もう来たのかな?」
総司は立ち上がって様子を見に行こうとした。
しかし、カンナは一歩も動かず、総司の背中を見送った。
・・・と思うと、急に手を引かれる。
「敢菜ちゃんもでしょ?・・・行くよ。」
カンナは精一杯抵抗したが、剣客沖田総司の力には敵うはずが無かった。
「いやぁー。よくいらっしゃいました。どうぞこちらへ。」
局長の近藤さんが、ぺこぺこかしこまってる・・・。
トシはもう眉間に皺がはんぱないけど・・・。
そんなに偉い人だったの?あの人。
一見風貌の良い普通の男性だけど・・・。
歴史通りじゃ有りませんように!
カンナは遠くから見ていようと総司に言った。
しかし、総司は聞かず、どんどん近くにカンナを引っ張っていく。
「ちょっ・・総司っ。」
・・・総司も気に入らないって顔してる。
だって、笑ってるけど目だけ笑ってないもの・・・。
「おぉ。総司もお出迎えにきたのか。」
「えぇ。素晴らしいひとだって聞いているので。」
近藤の嬉しそうな声に、沖田はすらすらと思っても居ない言葉を並べた。
更に沖田は、お偉いさんに対し、目の笑っていない笑顔を向けた。
「・・・えっと、君は・・」
さすがに総司の目はこの人でも怖いのか・・。
「あぁ、こいつは新選組いちの剣客でしてね。
一番組の組長を務める沖田総司といいます。どうぞ、良くしてやって下さい。」
近藤さんは、きっと気付いてる。
総司がこの人を気に入ってないってこと。
それでも、知らない振りして振る舞ってる。
ここで、関係を悪くしたらやばいもんね。
「君があの沖田君ですか。よろしく頼みます・・・。」
カンナは、総司の一歩後ろに立ち、そう言って笑う男の顔から目を逸らした。
しかし、カンナの目立つ金色の髪は自然と目にはいるようで、
男はカンナをちらりと見た。
「そちらの金色の方は・・・・」
・・金色の方ってなに!?
・・・髪だけなんだけど・・。
カンナは最近、土方から袴をはき、髪を頭の上方でまとめ、
男らしく振る舞うようにと言いつけられた。
カンナは意外にも男に見える。
隊士達は一応カンナが女で有ることを知っているものの、
剣の強さから、手を出そうとする者は誰一人としていない。
カンナは呼ばれたため、仕方なくその男の前に出た。
すると、男ははっとしたように目を見開き、瞬時にしてカンナの近くに寄り、
両手を握りしめた。
カンナは避けることも出来たのだが、土方から事前に注意を受けていたため、
避けることをためらった。
「貴方の名は何と・・・・!」
「えっ・・・えと・・。・・・敢菜・・と申します・・。」
何こいつ・・・・!!
あぁ・・。歴史通りってことなの?
カンナはなるべく、いつもより声を低くした。
「そうですか。・・・美しい名です。
私は、伊東甲子太郎と申します。どうぞよろしくお願いしますね。」
「はい。・・こちらこそ。」
伊東と名乗った男は、未だカンナの両手を握っていた。
カンナの手は抑えていたものの、少し震えてしまっていた。
「あぁ・・。恐がらせてしまいましたか。
申し訳ありません。何せ、貴方がとても美しいものですからっ。」
すると、やっと手が離れた。
「いえ・・。そんな。」
「そうです!今度、二人で町へ出かけて店でもまわりませんか?」
・・・断りたい・・・。
けど、伊東の瞳が・・きらきらと輝いている!?
・・どうしよう・・・!
カンナが伊東の誘いに困っていると、どこからか救世主が現れた。
「申し訳ありません。実は、敢菜は私斉藤一が受け持つ
3番組の伍長 兼 私の小姓でして、毎日仕事に追われ多忙なのです。
そのお誘いには乗れないかと。」
・・!!
は・・一ちゃん!
・・・助かった。やっぱり、こういうときは頼りになるっ。
「あぁ、そうですか。残念です。
しかし、敢菜君は美しい上にとても優秀なのですね。気に入りました。
では、少しでも手が空いたのなら、是非誘って下さい。待っています。」
・・・待っている?
いや、待ってなくていいから・・。
「は・・はい。」
カンナは無理に笑顔を作った。
「敢菜。頼みたい仕事がある。今すぐ着いてきてくれ。」
「はい!・・・では私はこれで。」
カンナはほっとして、斉藤の後をついて行った。
伊東はカンナの後ろ姿を見て、可愛らしく顔の近くで手を振っていた。
「一ちゃん、助かった!!」
カンナは斉藤に抱きついた。
斉藤はびくっと反応し、うっすらと頬を染めた。
「敢菜っ!・・離せっ。」
「ありがと~。」
カンナは斉藤の言葉を無視し、離れずにいた。
「・・・全く。・・・手のかかる奴だ。」
斉藤は、冷たい声で言ったが、顔は何処か嬉しそうに緩んでいた。
「一ちゃん、私決めた。もう、あいつに近づかない。
ずっと一ちゃんと居て、もし寄ってきたら一ちゃんの後ろに隠れて追い払って貰う。」
やっと斉藤から離れたカンナはふくれっ面をして斉藤の隣を歩いていた。
一応仕事だと口実に言ってしまったのだから、斉藤と共に斉藤の部屋ヘと向かっている。
「やはり、俺任せなのだな。全く・・。」
「駄目?・・あいつだけは苦手で話したくもないの。」
「駄目とは言っていないだろう。・・良い。隠れておけ。」
一ちゃんは最近、良く笑うようになった。
しかも、優しくなった。前も優しかったけど、表に出さなかったから。
私とも、良く話してくれるし。
そんな変化が嬉しい。
だんだん、一ちゃんを知れていけてる気がして。
勿論、気がするってだけかもしれないけど。
「ありがと。一ちゃん。」
「仕方ない。誰しも、苦手はあるからな。」
そう言う一ちゃんに苦手はあるのかな?
誰しもって言うことは、あるんだよね。
「一ちゃんは?」
「馬鹿者。ひとに弱点など自ら教える筈はなかろう。」
・・・そうだった。
一ちゃんは早々簡単に自分のことを言わない人だった。
なら、色々と仕掛けて探し出してみようか。
それも面白いかも知れない。
そうしたら、きっと、いろんな一ちゃんが見られる。
たくさんの事が知れる。
今度、一ちゃんの苦手を知るべく! 試してみよう。
カンナはくくっと笑った。
その笑いは、斉藤には不吉なものとしか感じられなかったとか。