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北へ・・・   作者: Haruka
25/51



 元治元年十月。


カンナは先日、正式に3番組に配属になった。

これも、斉藤のおかげと言っても良い。

斉藤も、カンナが死に場所を探しているということを知っているため、

わざわざ歳三に頭を下げたのだ。

カンナは今日も庭で刀をしきりに振っていた。

しかし、カンナは急にその手を止める。



「誰?」


「おや、お気づきでしたか。」


壁の陰から出てきたのは、柔らかい雰囲気を持った20代後半、細身の男だった。


「当たり前です。・・・あなたは?」


「申し遅れました。私は、ここの副長を務めております。山南敬助(さんなんけいすけ)です。」




・・・この人が?

優しそうな人。でも、悲しそう。



「敢菜です。」


「やはりそうでしたか。話には聞いていたのですが、

なかなか顔を出せず申し訳ありません。」


「いえ。こちらこそ。」


カンナはどう話して良いのかわからなかった。

それは、先ほどから山南の左腕が全く動いていない事に気付いていたからだ。

そして、山南は何処かよそよそしくて、永倉や原田とは正反対のタイプだ。



「敢菜さんはとても剣の扱いが上手なんですね。

刃がぶれていませんし、身体の軸もしっかりとしている。それに、気配にも聡い。

しかし、やはり強いと思ったのは貴方の目を見てでしょうか。」


「目?」


「はい。貴方の目は力強く真っ直ぐです。瞳の揺れる者には

決して強い者などいません。」



目。・・・目は正直だ。

どんなに嘘を付くのが上手い者でも、目だけは正直だという。

それを、山南は知っているのだ。





「私が・・強い・・ですか・・・。

変わったことを言うんですね。山南さんは。」


「そうでしょうか。」



私は、強くなんて無い。

ただ死にたがりの臆病者。


「えぇ。・・・あぁ、そういえば私、3番組に配属になったんです。」


「貴方は、おなごでしょう。土方君が許すはずは・・」


「許したんですよ。一ちゃ・・・・斉藤さんの土下座で。」


カンナは一ちゃんと言いかけたが、斉藤さんと言い直した。

そういうことに、山南は皆と同じように驚いていた。



「斉藤君がですか・・。」


「はい。本当は優しいんですよ。意外と仲間思いな人なんです。」



カンナは斉藤の微かな優しい笑顔を思い出した。


「それに、ちゃんと笑うんです。

・・・・最近、思うんですよ。斉藤さんは誰よりも情熱的なひとだなって。」


「・・・斉藤君が?・・」



未だ山南は信じられないで居た。

山南は斉藤の笑顔など見たこともなく、更に、情熱的といえば、永倉が当てはまると

思ったからだ。



「斉藤さんは、冷めているように見えるけど、実は誰よりも想いの深い人なんです。

顔見ればわかります。隠していても表情は正直で、微かに変化するんです。」


いつもそうだ。

一ちゃんはきっと隠してる。

でも、それは隠しきれてない。

ほんの一瞬の変化、ほんの1㎜の変化が感情をあらわにしている。

本当は、一ちゃんの笑顔はあまりにも優しいから、

隠して欲しくないと思うけれど、きっと今の一ちゃんには難しい。



「貴方も変わっていますよ。」


「変わってる?私が?」


「えぇ。斉藤君を土下座させるまでしつけるとは・・・。」



・・・・犬?


「まぁ、斉藤さんとは気が合うというか、なんだか放っておけないんです。

あの子、似てるんですよね。昔の私に。無愛想で、一匹狼で、悲しいの。斉藤さんの表情が

いつも何処か悲しげで、世話してあげないと絶対、孤独死するって思っちゃうんですよ。」


私も、一ちゃんを犬みたいに言ってる。

でも、本当に犬みたい。

一回懐けば、笑いかけてくれたり、行く所ずっと着いてきてくれたりして。

全くためらわずに頭まで下げてくれた。

感謝しても、仕切れないかもしれない。



「孤独死・・・ですか。しかし、もう大丈夫でしょう。

貴方という、良い飼い主が現れたのですから。・・・このように左腕の使えない私には、

飼い主など、誰一人として現れませんがね。」



左腕・・・。

何があったのか私には思い出せない。

一歩深く、この人の闇に入り込んでみようか。



「あの、その左腕って・・。」


山南は一瞬反応したが、未だ消えない痛みをこらえるように右手で左腕をおさえながら

カンナに対し、淡く微笑んだ。



「これは、大坂出張中に不意を突かれ、肩から神経ごと斬られてしまいまして。

・・・・・・もっと、新選組のお役に立ちたかったのですが。こればかりは、やはり・・・」



武士が刀を握れなくなるというのはどれほど辛いことなんだろう。

武士ではない私には理解出来ない。

でも、もう剣道が出来なくなる。あるいは、兼定が私から離れていく。

そう考えると、私は耐えられないと思う。

それほどまでに、私にとって剣道は、兼定は大事だ。

同じ感覚だろうか。



「山南さん、悔しい?・・・苦しい?」


「・・・・えぇ。しかし、そのような事よりも、私は自分を情けないと思います。

刀を抜けないということは、大切な者も守れない。そういうことなんです。」



守って貰うのが当たり前で、嬉しいと思う人はそれで良いかも知れない。

けど、きっと山南さんは違う。私だって違う。守って貰いたいんじゃない。

守りたい。・・・守らないと、あっという間にとられてしまう。

どんな感覚だろうか。


「山南さん、貴方にはまだ、大切なものが残っていますか?」


「えぇ。勿論です。」



「知ってますか?ひとは誰しも最低一つは武器となるものを持っているんですよ。」


ただの受け売りだ。

昔、おばあちゃんに教えて貰った。その時は、正直くだらないと思った。

でも今は、わかる気がする。今この言葉を闇の中でさまよう山南さんに

言わずしていつ言うんだっていうほどだ。


「誰でも持っている武器は、ここですよ。・・・心。」


カンナは自分の胸を軽くぽんぽんと示した。


「真っ直ぐな心があれば、自然と自身もついて、相手を気合いだけで負けさせられる。」


「あと、貴方にあるのは、言葉。ちなみに私は言い合いで敵を棄権させたことがある。」


「あとは、回転の速い頭と、その切れ目。切れ目だと結構迫力あるのよ。

それから、山南さんの雰囲気ね。山南さんって、気高くて誠実な雰囲気を持ってるから、

言うこときかなきゃって気になる。」


山南は驚いていたが、やがて、優しい顔で困ったように笑った。

そんな笑顔にはカンナもつられた。


「山南さんが失ったのは、いくつもある武器の中のたった一つ。

よく考えてみてよ。気合いと、巧みな言葉に良い頭。更に迫力と気高い雰囲気持ってるなんて

最高じゃない?全部組み合わせて戦に挑んだら、歴史に残るような伝説の策士や軍師になるかも。」



よく考えてみると、山南さんは良い物をたくさん持っていた。

こんな良い人物がどうして歴史上ではああなってしまったのか・・・。

運命というものなのか、それとも、誰かに仕組まれた・・・とか。

考えすぎだとも思う。

でも、なんだか本当にあり得そうで怖い。






「敢菜さん、ありがとうございます。

・・・貴方のような考えは私にはありませんでした。

しかし、とても心が晴れたように気分が良い。」


「それは良かったです。

やっぱり、誰でも笑顔が一番ですからね。」


私自身、笑顔が一番だなんて言うとは思わなかった。

未来では、全くと言っていいほど笑わなかったくせに。

きっと、かつさんと、道武の影響だと思う。

あの二人は、どんなときも笑っていたから。

苦しくても、悲しくても、変な冗談言って、無理に笑ってるんだから。

無理にでも笑っていたら、いつの間にか、無理しないで、自然と笑っていた。

それはきっと、一人じゃなかったから。

だから、辛くても笑い合って居られた。








「では、そろそろ。用事がありますので。」


山南は静かに去ろうとした。


「山南さん!・・・また、話相手になって下さいね。今度は、お茶を飲みながらでも。

・・・一人じゃないんですから、もっと、笑えますよ。」


「・・・貴方という人は・・・。ありがとうございます。是非またご一緒して下さい。では。」






山南は今度こそ去った。

カンナの前に現れてすぐの時よりも、山南の背中は清々しく、気持ちが良かった。

きっと、まだまだ長く笑って過ごせる、いつか山南の心を覆う黒い霧は晴れる、と願いながら、

カンナはもう一度、兼定を振った。










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