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北へ・・・   作者: Haruka
22/51

唯一の・・・



 トシが私に手を差しのべてきた。


「敢菜。・・・新選組に・・・俺んとこにくるか?」


絶望に陥り、行き先真っ暗な私にとって、奇跡の救いの手だった。

迷わずに手を取った。

一人になりたくなくて、先に進みたくて私はその手に縋り付いた。


「手当てしてやる。」


そう言うトシは鬼なんかじゃなくて、

誰よりも優しくて暖かい神のような存在に思えた。

こんなに醜く、傷ついた面倒な私を救ってくれた。

本当は死んでしまおうと思った。

でも、そんな時、通武の言葉とかつさんのあの顔を思い出してしまった。

ー生きて下さい。ーと言ったのだ。

そして、かつさんは瓦礫の下敷きになる寸前私に笑いかけていた。

嘘のない、後悔もない、純粋な笑顔だった。

だから、そう簡単に死ねるはずもなく、

通武とかつさんが時間を稼いでいたようにトシが現れた。

タイミングの良いものだと思う。

まだ死ぬなと通武とかつさんが言ってくれているようで、余計に涙が出た。

でも、生きていることは今の私にとって苦しいものでしか無くて、

それでも死ねなくて、私は生きのびている。





「敢菜。手ぇ出せ。」


トシは、火傷の手当までしてくれるという。

外は大変な事になっているというのに、こんな所で時間をくってしまっていいのか?


「トシ・・・自分で・・出来るよ・・・。」


「馬鹿野郎。両手だろうが。大人しくしとけ。」


無理矢理腕を掴まれ、前でトシの手によって固定された。

火傷の部分を水で一度洗い流し、薬を塗ってくれた。

トシの指先で薬を塗られるのは結構痛かった。

その指先は剣術で皮が固くなっていて力強い。でも、我慢した。

痛かったけれど、優しく塗ってくれているのがわかるから。

その優しさに少しでも触れていたかった。





「終わりだ。・・・次は着替えか・・・。ここで待ってろ。

八木さんの奥さんに聞いてくる。」


そう言ってトシは部屋を出て行った。

カンナは自分の着ているものを見た。


・・・・あぁ・・そうだ。

着物は脱ぎ捨ててきちゃったんだっけ?

・・・・・?・・・あれ?

・・・これって・・・。


カンナは自分の胸元を見て気付いた。

何かが襦袢の下に入っている。


そっと出してみると、一冊の冊子だった。

濡れている。

カンナはようやく思い出した。

この冊子は通武のものだということを。


・・・!・・っどうしよ!こんなに濡れてる。

・・っっ・・大切なものなのに・・。


カンナは冊子を開いた。

カンナはほっと息を漏らす。

辛うじて文字は読めるようだ。

カンナは乾かす為にもぱらぱらと包帯で厚くなった手を使い、器用に開いていく。

そこには、句がたくさん書いてあった。

カンナにはこの時代の繋がるような文字などあまり読めはしないが、

句であることは確かだった。

先へと進むと途中で紙は真っ白になっていた。

ほんとはまだ書き続ける筈だったのがわかる。

カンナは適当にバラバラとページを進めた。

最後に来て、冊子はぱたんと床に落ちた。

しかし、カンナは何か最後の方に黒いものを見た気がした。

カンナは急いで最後のページをめくった。



・・・何?






  ー 時鳥  血爾奈く声盤 有明能 月与り他爾 知る人ぞ那起 ー





句であることはわかるのだが、とぎれとぎれでしか読むことが出来なかった。

何故この句が他のページを抜かして最後に書いてあるのか・・・。

そして、その字は他の句の字に比べ、震えて崩れていた。

カンナはこの句には通武の気持ちが込められているのだと感じている。

しかし、読めないのでは意味がない。知ることが出来ない。







歳三はため息を吐いて部屋に戻ってきた。

すると、カンナは何かの冊子をジッと見つめている。

カンナは歳三に目を向けた。


「・・・ねぇ、トシ・・。これ読める?」


カンナはトシに句を見せた。


「ぁあ?・・・・・・。」


歳三は難しそうな顔をした。


「・・・これか・・・。読んじまって良いのか?」


カンナはこくりと頷いた。




「・・・はぁ・・・

 ー ほととぎす 血に啼く声は 有明の 月より他に 知る人ぞなき ー 」



カンナにはその句の意味がハッキリとわかってしまった。

通武は自分が孤独だと思っていた。自分の想いも志も夜明けの月にしか届かないと

そういう意味だろう。


・・・っ・・通武。

大丈夫。届いてるよ。貴方の想いも志も、充分届いてるから。

通武、貴方は一人じゃない。

私が居る。かつさんだっている。忘れていたの?

私たちは家族だって。

一人じゃないから。全部全部、私が知っているから。

だから、悲しまないで。苦しまないで。


トシの指が私の頬に触れて涙を拭った。


「・・・っ・・」


「こいつは幸せだな。こんな風に想って泣いてくれる奴がいる。」


・・・そう・・なのかな。

そうだといい。通武が幸せになってくれないと、私も幸せになれないの。

だから、絶対、幸せでいて。








「んじゃあ、とりあえずこれ着とけ。今女物はねぇんだ。」


この家の奥さんの着物は私には随分と小さいらしい。

だから男物の着流しを借りた。

その着流しからはトシと同じ檜の香りがした。

この着流しもかなり大きく、身体には合わないけれど、小さいよりはましだという。


「なんか・・・変。」


「しゃあねぇだろ。それしかねぇんだ。」


確かに、さっきの濡れている襦袢よりはましだと思う。




「ところで、さっきのあの句は誰のもんなんだ?あの句はあまり好かねぇ。」


「私の、兄さんの物なの。」


そう。大切な初めての家族。

私の兄のような人だった。


「兄さんが居たのか。」


「血は繋がっていないけど、出会ったのもほんとについ最近だけど、すごく大切だったの。

これは、その人の唯一の形見。」


これしか残っていない。

でも、これを持っているだけで、いろんなことを思い出せるから。

忘れないでいられるから。


「店主のかつさんと兄さんと私は、みんな一人で寂しかった人が集まったようなものだった。

だからこそ、その存在が大切であの日常を壊したくなかった。

でも、私だけがこうやって生き残った。それは二人が助けてくれたから。

生きてって必死に私を想ってくれているから。だから私はここにいる。

二人がいなくなって、私はひとりになっちゃった。ただずっと前の日常に戻るだけなのに、

すごく自分が孤独に感じて、今は生きているのも辛い、苦しいって思う。

でも、二人が繋いでくれた命だから放り出すことは出来なくて・・・。」


カンナの目には再び涙が浮かんできていた。

歳三はまた考えさえられた。


こいつは、なんて苦しみをこの細い身体で背負ってやがる?

重すぎる。こいつには重すぎるもんだ。

だが、こいつは一人でそれを背負って耐えている。

自分の足でしっかりと支えて前に進もうとしている。



「お前は強ぇ。・・・だから今も生きてる。

救ってもらった命なんだろ? その命が尽きるまで精一杯幸せに生きろ。

お前を想っている奴等なら、お前が幸せになればいいとおもってんじゃねぇか?

笑顔でいられるんじゃねぇか?」


カンナは言葉もなくこくりと頷いた。



「俺はお前が幸せになるための手助けぐれぇはしてやれる。

さすがに、お前の背負ってるもんを持ってやる事は出来ねぇがな。」


だから俺は敢菜に来いと言った。

俺にしちゃぁ、珍しい。新選組よりも女のことを考えるなんざな。

仕事も放り出しちまって。

今頃、総司が俺の分も仕事してんだろうが・・・。

・・・悪いことしちまったな。







カンナは縁側で空を見上げていた。


「雨が降る・・・。」


「雨?」


「うん。雨の匂いがする。湿気も多いし。大雨になりそう。」


今大雨が降るのはありがたい。

火が消えるのも時間の問題だろう。


暫くしてカンナの言うとおり大雨が降ってきて、ちらほらと隊士達が急いで帰ってくるのがわかる。





「土方さん、居ます?」


「あぁ。」


声からして総司が帰ってきたようだ。

総司はスッと襖を開けて入ってきた。


「やぁ。敢菜ちゃん。手はどう?」


総司は本気で心配していた。

総司も敢菜を結構気に入っているのだ。


「大丈夫。軽い火傷だし。」


総司はーそうーといって柔らかく笑った。


総司は濡れていると思ったのだがすすだらけなだけで、全く濡れてなどいなかった。

それを歳三が指摘すると、


「雨の匂いがしたから、早々に切り上げてきたんですよ。雨なら火も消えるでしょう。」


カンナも同じように言ったが、歳三には雨の匂いなどささいな変化はわからなかった。

歳三は思った。この二人は猫のようだと。


「じゃあ、敢菜ちゃん。お大事にね。落ち着いたら遊びにでも誘うからさ、

今日はゆっくり休んでよね。そうだ。土方さんに襲われないようにね。」


総司はクスリと笑い軽く手を振って去っていった。

カンナは冗談だと知り、ふふっと笑った。

冗談を言ったのは総司なりの気遣いなのだろう。

カンナはそんな不器用で優しい気遣いに通武のようだと感じた。



カンナは少しだけ、希望が見えた気がした。










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