手
俺たち新選組は援軍として戦場に放り込まれた。
幕府から直々に命が下るなんて事は今までにあるはずがねぇ。
名誉なことだと誰かが言った。
だが、俺にとっちゃ、そんなことは名誉な事じゃあない。
ただ、戦う駒として適当に放り込まれた・・・。
そうとしかおもえねぇ。
俺たちは敵を追って天王山に来たが、やっと追いついたと思えば、
奴等は皆切腹して、既に果てていた。
何とも哀しいものだと思う。
こいつらにも、家族は居たのだろう。愛する者もいたのだろう。
・・・上の奴等がこれを見たら、見事だって言うんだろうな。
だが、俺にはそんな事言えっこねぇ。
それは、俺が本物の武士じゃねぇからか?根っから百姓だからか?
・・・戦なんてもんは哀しいもんでしかねぇんだ。
戦に勝って喜ぶ奴は、どうにかしてんだ。
勝ったって、何人もの人間が犠牲になって死んでる。
戦自体、喜べる事じゃねぇんだよ。
俺たちは天王山で京が火の海になっているということを聞き、
すぐ町までおりた。
しかし、到着した頃には炎が広範囲に回り、
火を消すのにも手が足りていない状況で。
「おめぇら!!!火ぃ消せ!!!早くしろ!!!!」
『はい!!!!!』
俺は隊士全員に命令し、俺自身も火消しに回った。
そんな時、ある女の顔が頭の中をかすめた。
あの女は変わった奴だった。
異人のようだが、日本人のようでもあって、そして、女の身で自ら戦に突っ込んでいく。
さらには、この俺を怖くないとも言っちまった。
笑顔は本当に美しかったが、何処か哀しそうな顔をしている奴で、寂しそうで・・・。
「副長!あっちも火がやばい。あっちの方頼むぜ!!」
原田が俺にあっちを頼むと言ってきた。
あぁ・・・あっちは、あの女の働いている店があったか。
そんなことを思い出すと、何故か酷く心配になった。
全くと言って良いほど面識が無いというのに。
俺はその店の方向へと向かおうとした。
「土方さんっ!僕も手伝います!」
総司が手を貸すと言ってくれてとても助かった。
火を消すのにも、一人ではさすがに難しそうだ。
俺と総司はその店の方へと走った。
店へ着くと、店は酷く燃えさかり、店の前には火を消そうとする一人の男が居た。
「おい!この店の奴は!?」
「店主はもう無理だ!!さっきの・・金色の髪した嬢ちゃんは
泣きながら走っていっちまった!!」
・・金色の髪・・。敢菜しかいねぇ。
「どっち行った!?」
「あっちだ!!!」
俺はすぐに駆けた。
本当は火を消すのが俺の仕事だった筈だが、どうしちまったのか、足がとまらねぇ。
総司も後から付いてきた。
「土方さん!・・・もしかして、敢菜ちゃんですか!?」
「あぁっ!」
総司もそれに気付くと、目の色をかえ、走る速度を上げた。
あの男の言った方向へ走っていると、急に総司が足を止めて、珍しく目を潤ませた。
「土方さん・・・。あれって・・・。」
総司が遠くを見て言った。
俺も目を凝らしてその方向を見た。
誰かが人を斬っている。
「・・・っっ敢菜だ!・・・」
俺はとにかく敢菜を止めたくて走った。
だが、ある程度近くまで行くと、止める事など出来ないと悟ったんだ。
総司も息を呑んだのがわかる。
敢菜は八人もの敵を相手に一人で戦っているのだ。
そして、既に五人もの死体が彼女の回りに無惨に転がっている。
思わず足を止めた。
俺は見入った。なんて、哀しい顔をしているんだろう。ただそう思った。
彼女の目から溢れる涙は綺麗で、熱くて、哀しくて、酷く・・・胸が痛む。
俺たちは敢菜を見ていることしか出来なかった。
彼女は強い。だが、弱い。剣の腕は良いが、、心は弱いんだ。
強そうに見えるのだが、そういう奴こそ、心は折れやすかったりする。
今の敢菜は悲しみ泣く獣のようで、それでもって、美しさは健在。
俺が泣きそうになった。
寂しすぎると思った。孤独だと思った。
敢菜はあっという間に八人全員の息の根を止めた。
その後、ひざから崩れ落ちて自分自身で震えを抑えるように肩を抱いた。
「ぁあああああああああああああ!!!!」
敢菜の泣き叫ぶ声が耳に残った。
哀しすぎる声だった。残酷で悲しい現実が彼女を襲ったのだろう。
そんな彼女を俺はどうにかしてやりたかった。
自分に何が出来るのか、救ってやれるのか・・・。
何も分からない。
だが、俺はいつの間にか敢菜の前に立っていた。
総司は訳が分からぬと言うように立ち尽くして、現実を理解できずにいる。
俺には何が出来るのか答えなんて出ていない。
しかし、助けたいと思った。
「敢菜・・・。」
俺は敢菜の名を呼んだ。
すると彼女はゆっくりと顔を上げた。
その顔はどれだけ泣いたのだ?と思うほど赤くなっていて、未だ涙が溢れていた。
頬には血もはねていた。
俺は涙と一緒にその血もぬぐった。
「と・・し・・?・・・っっ」
「あぁ・・。」
細くてか弱い声に涙が出そうになる。
だが、こらえた。男が泣くなんて情けねぇ。
俺はなるべく優しく敢菜を抱きしめた。
彼女の着物は酷く濡れていた。・・・よく見てみれば、こいつ・・襦袢一枚じゃねぇか?
俺は一度離れ、新選組の羽織を掛けてやった。
夏といえども、今は夜だ。
しかも濡れているときた。寒いに決まってる。
俺は立ち上がってすっと手を差し出した。
敢菜は首を傾げて俺の目を見た。
「敢菜。・・・新選組に・・俺んとこに来るか?」
自分の口からこんな言葉が出てくるとは思わなかった。
女人禁制だってのに・・どうすんだ?
カンナは暫く俺の顔と手を交互に見ていたが、決心したように頷いた。
「・・・っうん・・・。」
そして、震える手で俺の手を取った。
その時、俺はすごく安心したんだ。
なぜだかわからねぇが。
敢菜の手の平は腫れぼったく、熱を持っていた。
「帰るぞ。・・・手当してやる。」
敢菜はまた首を傾げた。
「・・・手。火傷してんだろ。」
「・・・っっ・・・あり・・がと・・・。」
「おう・・・。」
敢菜の手の火傷を気遣い、肩を抱いて歩いて屯所へ帰った。
彼女は屯所に着いても涙を流したままで、俺は改めて彼女の心の傷が深いことを知った。
さぁ・・どうするか・・・。
俺に、いったい、何が出来るってんだ?
あぁ・・・・。
・・・・まぁ・・・とりあえずは手当が先だ。
敢菜を泣きやませるのも、敢菜と話すのもその後だ。
それでいいだろ?