2つの星
カンナはある日の早朝、朝餉の支度のため、庭の井戸で水を汲んでいた。
勿論、兼定も共にある。
それにしても、カンナの身体は早起きの生活になかなかついていけない。
身体が石のように重い。
口から出てくるのはため息ばかりだ。
そんな時、急に誰かに腕を掴まれ引っ張られた。
しかし、そんなことで身を抑えられてしまうほど鈍くはない。
カンナはとっさに身を翻し、利き手ではない左手で刀を抜いた。
カンナは刀を背負うようにして持ち歩くため、どちらの手でも容易に抜くことが出来る。
刀を相手の急所首筋で寸止めした。
しかし、カンナの刀ははじかれた。相手がかろうじて小太刀で抑えたのだ。
・・・この人・・・なかなか。
カンナは面白そうに笑みを漏らした。
「あぁ・・・油断してしまいましたねぇ・・・。どうか刀をおろして下さいますか?」
相手は苦笑い。
女だからと油断していたに違いない。
「どうしようかしら。・・・女だからってなめんじゃないわよ。
朝餉の支度を邪魔されて刀まで抜いてこっちは疲れてるんだから。」
カンナは大きくため息を吐いて怒りをあらわにした。
そんなカンナの態度を男は少しばかり恐れた。
女は恐いものだ・・・と。
「・・・申し訳ない・・。実は少しばかり頼み・・」
男が何かを言うのをやめたとき、遠くから3人ほどの足音が耳についた。
男はばつの悪い様な顔をして庭に入ってきた。
カンナとしては注意をしたいとこだが、足音は速さを増し近づいてくる。
カンナはまたもやため息を吐いた。
面倒事が増えたのだから。
「そこの女。綺麗な身なりをした長身の男を見かけては居ないか。」
三人。同じ羽織を身にまとっている。
何処かで見たことのあるものだと思えば・・・・
「確か、あっちの方だったと思いますけれど。」
「協力感謝する。失礼。・・・・・・馬鹿者!!早く行くぞ!」
私をじっと見ていた二人に対して一人の男が早く来いと促した。
全く・・・私はそんなに妖しい?
それにしても・・・
「あなた、新選組に追われてるのね。」
「えぇ。・・・事情がありまして。」
カンナは先に言っていた頼み事というのが気になっていた。
「・・・そこで、『何も言わないで。』・・・・」
「庇いきれなくなる。・・・あがって。」
カンナは分かっていた。
この男が長州にとって必要な人物であることくらい。
こんな綺麗な身なりをした男がただの不逞浪士だと思えるだろうか。
カンナはこの男を匿うことにした。
新選組の敵であるだろうがそんなことはどうでも良くなってしまった。
カンナはただ、己を信じ、真っ直ぐ突き進む者に手を貸す。
敵味方など関係はない。
「私はカンナ。貴方は?」
「私は、通武ともうします。」
カンナはその名を何処かで聞いたことがあった。
誰かの本名であったはず。
「上の名は?」
男は少し戸惑ったがゆっくりと声をだす。
「・・・ありません。」
嘘。
そんなことは分かり切っている。
しかし、あえて聞かなかった。
聞いても、悪いことしか起こらない。じきに思い出せるだろう。
それをまつしかない。
それにしても正直な男だ。
嘘も簡単につけない。そんなんで、この時代を生きていけるのか。
でも、正直な人は嫌いじゃない。
むしろ興味がある。それで何処まで行けるのか。
「しっかり働いてよ。最近は人手が足りないらしいの。」
通武はかつさんにも受け入れられ、なんとかここで暫く過ごせるようになった。
よく働いた。その仕事っぷりには私もかつさんも驚いた。
そして、ときどき彼は句や短歌を詠む。
そのときの声は澄んでいてとてもきれいだった。
そんな彼をかつさんは気に入っていた。
私も結構気に入っていると思う。特に彼の純粋さや優しさは私にとって眩しいものでしか
なく、近くにいるだけで自分も輝くがする。
そして、ある日私がおつかいから帰れば、眩しい笑顔で通武は迎えてくれた。
そこには、かつさんの笑顔もあって前よりもより暖かく感じた。
ーおかえりなさい。ー ーおかえり。ー
その声が二つある。
それだけなのに妙に嬉しかった。
私はもうふたりを家族のように思い始めていた。
そんな自分に少しばかり違和感を感じたが、この暖かい場所に居たいがために
それを無視する。
そして笑顔で返す。
ーただいま。ー