刀
カンナは暫く新選組屯所に留まっていた。
帰ろうと支度をしていた所、一人の男に声を掛けられたのだ。
その男は斉藤一といって、有名な新選組の副長助勤である。
カンナの持ち歩く一振りの刀が気になったらしい。
断る理由もなく、仕方ないが刀を見せる事にした。
一はするりと刀を抜きじっくりと目を凝らして柄から切先まで丁寧に見ていく。
「かなりの年代物だが、素晴らしい大技物だ。・・・これは・・兼定か?」
一は、刀一筋ではないのかと思わせるほどに。
「あたりよ。・・・それにしても見る目があるのね。
貴方自身の刀、国重も流行してはいないけれどしっかり自分に合ったもの
みたいだし。自分に合ったものを見つけるのは難しいのに。」
一は黙ってしまう。
しかし、やっと口を開く。
「あんたは、刀が好きか?」
「嫌い。」
カンナの早い応えに一はふっと笑う。
そして、視線で更に深く問いつめてくる。
「・・・刀は・・・人を殺すための道具だから。
それに、刀は綺麗すぎる・・・だから嫌。」
一は何を思ったのかは知らぬが、なにやら顎に手を添えて考え出した。
そんな一を見て、カンナは小さく笑った。
「でも、好きでもあるの。」
すると、意味がわからないとでも言いたそうに眉をひそめる。
「刀は、私を裏切らないでしょう?」
そのカンナの答えに一は一には似合わぬイタズラ小僧の様な笑みを浮かべた。
同時にカンナの手の平へと刀が戻ってきた。
「俺は斉藤だ。あんたの名は何と申す?」
「敢菜。勇敢の敢に菜の花の菜とかくの。」
本当はカタカナでカンナとかくのだが、この幕末ではカタカナは通じない。
単なる当て字だ。
「敢菜か。覚えておく。」
そう言って一は去ろうとしていたが、カンナはひとつ気になっていた。
ー刀が好きかーと聞いていた彼の目が酷く哀しい物に見えて・・・。
どうしてもそれを見ぬふりなど出来るはずも無かった。
「あなたは?刀は好き?」
一は苦しげに目を細め、風の音が聞こえてくるほど静かに言う。
「気に入らぬ。・・・何もかも。」
カンナは思った。
彼は私と同じだ。人を信じられず、常に人を疑って生きている。
そして、彼と私の違う所は人を斬った数。
乱世でずっと過ごしてきた彼は、数えられぬ程の人を斬ってきたことだろう。
自分の感情をどこかにおとして、冷酷にためらいもなく斬る。
彼は刀のように鋭くて冷酷なように見えてしまうが、本当は違うのだろう。
感情を心をどこかに忘れてきてしまっただけで。
いつか、本当の彼と向き合うことが出来るのだろうか。
私は向き合ってみたい。
本当の彼は熱く、優しい心の持ち主だとそう、直感しているから。