鬼
「着いちゃった。・・・ここだよ。おいで。」
カンナは沖田の後をついて行く。
しかし、なんだか先ほどから視線を何度も感じていた。
それは、平隊士達のものだった。
全く女に興味を示さなかった沖田が美しい、しかも異人の女を連れてきたのだから
驚いているのだろう。
沖田は機嫌が良さそうにニコニコとしながら前を歩く。
隊士達の視線は全く気にもしていないようだ。
そして、カンナが沖田と共に屯所内を歩いていると、
どこからか異様な殺気を感じ、それと同時に隊士達はさっさと逃げていった。
沖田も面倒臭そうな顔をして足早に歩き出す。
カンナはそんな行動の理由も知らないままとにかくとついて行く。
すると、後ろから殺気の持ち主の怒声が響き渡る。
「総司!!!てめぇ!どこ行ってやがった!?」
「・・・っこわ・・。」
沖田は冷や汗をかいてつぶやき、急にぴたりと止まった。
カンナは止まっては欲しくなかった。
怒声は今までに出会ったこともないくらいの怖さだ。
なるべく真っ向から受けたくはない・・・そう思っていたのだ。
怒声を発する男から守るように沖田はカンナを自分の背で隠した。
完全には隠れきれなかったのだが・・・。
そしてついに目の前に恐ろしい男がやってくる。
「ほらほら、この子怯えちゃってるじゃないですか。
もう少し穏やかになってくださいよ。・・ね、土方副長。」
カンナは初めて知った。
この恐ろしい男があの土方歳三なのだと。
そして、自分の祖先なのだと。
カンナは震えていた訳ではないのだが、
ついに思った事を口に出してしまった。
「はぁ・・・・。・・・鬼・・・かぁ。」
「ぁあ!?」
歳三は眉間に皺を寄せ、沖田を避けようとするが沖田は決して避けようとはせず、
そのまま笑い出した。
「言われちゃいましたね。やっぱり、あんた鬼なんですよ。」
沖田が笑うと、歳三の眉間の皺は消え去った。
歳三は怒るどころか、苦笑いをして腕組みをする。
「さて、お前の後ろにいる女は誰だ。」
歳三は気づいていない。それとも忘れてしまったのか・・・。
「嫌ですねぇ。あんたがこの子を呼んだんでしょうよ。」
沖田が言って歳三はようやく気づく。
この女は自分が来いと言いつけたあの何処か変わった女なのだと。
沖田は、はっとした歳三の様子を見てすっとカンナの前をどいた。
すると、確かにあの時の勇敢で歳三に忠実だと物語っている瞳がそこにはあった。
「そうか・・・。すまねぇな。」
本気で謝る歳三を見て笑う沖田だったが、視線が急に自分へ向けられるとは予想していなかったらしい。
「だがな、総司。・・・お前は体調も万全じゃねぇのにいったい何処をほっつき歩いてやがった!?」
シュンとしてカンナに謝っていた歳三の顔は同一人物とは思えないほどに鬼の顔へと変化していた。
しかし、カンナはひとつ確かなことを発見した。
歳三は曲がったことを嫌う性分であり、更に頭も回るらしい。さぞ、信頼度も高いことだろう。
故に、隊士達はこの歳三が鬼であり、恐れているものであったとしてもしっかりと
歳三の後についていくのだ。
暫くして沖田への説教がすんだとき、歳三は腕組みをしながらカンナに目を向けた。
「そういやぁ、名を聞いていなかったな。俺は、新選組副長を務める土方歳三だ。」
「敢菜です。」
カンナは簡単に名だけを言う。
そして、カンナは副長室へと案内され、そこで色々と話を聞かれる事になった。
歳三はというと、何故この女を呼んでしまったのだろうかと自分の行動に疑問を持った。
今まで女にそこまで興味をそそられなかった歳三だが、今回だけはこの異人の様な美しい女に
興味を抱いた。
何故この女はこんなにもそこらにいる町娘と雰囲気がかけ離れているのだろうかと。
そして、何のためにこのような線の細い女が刀を手にし、勇敢に戦うのだろう。
どうやって、監察方の隊士を見破り自分に会合の場所を伝えたのだろうか。
・・・・などと、歳三の頭の中は疑問でいっぱいであった。