ガラス玉
池田屋事件のあった次の日のこと・・・。
カンナは道に迷っていた。
(・・・ここは・・・・・さっきも通った・・かも?
・・・・新選組の屯所って何処ぉ??)
カンナは、頭を抱えて行ったり来たりを繰り返していた。
そんな様子を見ている人々は確かに大勢居るのだが、誰一人として
声を掛けてはくれない。
それは、カンナが異常な変わり者だからだ。
外見が異人なのに着物を着こなし、更におなごなのに刀を持って歩いている。
まさかおなごが刀を抜くとは思っていないだろうが、やはり、近づきたくはないのだ。
(ん?・・・そっか。この頃の屯所って、壬生寺の近くだって本に書いてあったな。
・・・うん。壬生浪って呼ばれてるぐらいだし。
これぐらい聞け。・・・一言ですむはず!)
カンナは気合いを入れて周りの人に聞こうと気合いを入れた。
「あのぉ、すみません・・。」
カンナが声を掛けたのはいかにも気の弱そうな商人だったのだが、
逆に絡まれるよりはましだと思うことにした。
その商人は肩をふるわせたが、逃げずに対応してくれた。
「壬生寺って何処にあるか分かります?」
カンナの普通のおなごの問いかけに安心したのか、
分かりやすくゆっくりと説明をしてくれた。
カンナはお礼を言って、説明を受けた方向へと歩みを進めた。
説明の通りに歩いていくと、あっという間に壬生寺に着いてしまった。
こんなに簡単で良いものかと思ってしまうのだが・・・。
そんな時、境内の方から子どもの楽しそうな声が聞こえた。
カンナは子どもが好きだった。
大人は嘘が多くて汚いが、子どもはまだそんなことを知らなくて純粋だからか、
一緒にいると安心できて、汚れた社会のすすで汚れてしまった自分を
綺麗に癒してくれる。そんな感覚があるのだ。
カンナは声のする方へと向かい、子ども達の姿を見た。
そして、先ほどは陰になっていてわかりずらかったが、
子ども達の輪の中には池田屋事件の際にカンナが外まで担いでいった、
沖田総司が居るではないか。
喀血して倒れたというのに、翌日にはもう既に子どもと走り回っている。
何という回復力だろうか。
しかし、本当に回復しているのだろうか・・・。
カンナは気になって声を掛けた。
「こんにちは。・・・ねぇ、あなたたち、今日の所はこれぐらいにしてくれるかな?
・・・このお兄さんね、疲れちゃってるの。今日ぐらい、休ませてあげて。」
子ども達は頬を膨らませてカンナを見る。
「・・・じゃあ、今日は私と一緒に遊ぼう。お兄さんが元気になったら、
もっと楽しく遊べるよ。」
子ども達は、納得してカンナの手を引っ張った。
沖田は首をかしげて不思議そうな顔をしているがカンナはそんな視線を無視した。
カンナと子ども達だけで遊んでいれば、沖田も帰ると思ったのだが、
子ども達が帰るまでずっと座って見ていたようだった。
子ども達は、カンナが気に入ったのか満面の笑みを見せ、カンナの取り合いまで
始めた。しかし、カンナはそれを沈めて見せた。
カンナの子ども達に向ける柔らかい笑顔は安心感をあたえ、人を良く寄せ付けた。
そんなカンナに子ども達はまた遊んでと言った。
子ども達が帰って、沖田はようやく立ち上がった。
「君、子どもの扱いが慣れてるんだね。」
沖田は人を殺すとは思えない程優しい笑顔を向けた。
「慣れているというか、基本的に子どもが好きで。
だって、子どもは純粋で嘘がないから。」
沖田はーそう。ーとさりげなく返した。
「それより、昨日倒れた人がこんな所で遊んでるなんて・・。
全く・・・怪我人が何してるんだか。」
カンナは呆れてため息を吐く。
あえて、病人とは言わなかった。
沖田は、下を見て苦笑いをした。
「もう・・・君も過保護かぁ。しょうがないなぁ。
屯所に行くんでしょ。一緒に行こう。これなら、いくら方向音痴の人でも
迷わないよ。」
沖田には、カンナが迷って何とか壬生寺にたどり着いたことが
分かっていた。
沖田は妙に鋭い所がある。
だからだろうか。子どもとの駆け引きが上手い。
沖田とは、屯所までの短い時間で随分と話し込んだ。
それでカンナには沖田の本質が見えた。
沖田は、史実上の通り好青年だ。
そして、良く人をからかう所があるが、本当は仲間思いで子どもにも好かれる
綺麗で透き通った心の持ち主だ。
そんな彼が、刀を手にすれば鬼へと化し、稽古でも隊士をめった打ちにするというのだから
何とも恐ろしいものだ。