第25話 病室にて
軍病院の一室。簡素なベッドに横たわるクレアは、両手首を枷で拘束されていた。
清潔な白いシーツの上であっても、彼女の鋭い眼光は衰えない。
足音と共にドアが開き、白髪交じりの男――元大佐、いまは軍顧問のアーノルド・クラウスが入室する。
「フェニックス計画の責任者がわざわざご足労とは、随分と丁寧ね」
クレアは薄く笑った。
事前の情報で45年前のフェニックス計画が、アーノルド・クラウスの立案であることはわかっていた。
そして、現在の写真も入手済みだったのである。
いずれ、拉致か排除する予定だった人物が、目の前に来たのだ。
「尋問するの?それにしても歳を取りすぎている。……王国も人材不足かしら?」
挑発めいた言葉に、アーノルドは動じない。椅子を引いて腰を下ろすと、静かな口調で言った。
「私が来たのは尋問のためではない。……カイが、どうしてもお前を傷つけるなと言い張ってな。もし無理やり口を割らせようとすれば、フェニックスに乗らないと駄々をこねている」
「……は?」
クレアは目を瞬かせ、次いで鼻で笑った。
「あの、パイロットの少年が?青臭いガキね。戦争をやっているのに、敵に情けをかけるなんて」
アーノルドは腕を組み、ゆっくりと頷く。
「確かに青臭い。だが、あの少年は戦いをスポーツの延長のように捉えている。勝敗はつけるが、恨みを積み上げはしない。戦いが終われば、そこでおしまい……そんな考え方だ」
「スポーツ、ね……」
クレアの口元に冷笑が浮かんだ。
「甘すぎる。戦争に勝者と敗者以外は存在しない。敗者には死と屈辱しか残らないのに」
彼女は肩を揺らして小さく笑い、目を閉じた。
「けれど……まあ、悪くないわね。そういう青臭さは。人間らしい、と言うべきかしら」
アーノルドは何も返さず、ただその言葉を受け止めるように静かに見つめていた。
「その青臭いガキが、お前に会いたいそうだ。それを伝えに来た」
「わざわざ?」
「ああ。色々と可能性があるのでな……」
アーノルドの指す可能性というのが、どのようなものかわからないクレアは身構えた。
「ま、そういうことだ」
アーノルドはそう言うと病室を出た。
直後、カイが病室のドアを開けて入ってくる。
アーノルドと入れ替わるように姿を現したカイは、落ち着かない様子でクレアの枕元に立った。
「……酷いことはされてないか?」
声は震えていた。少年特有の真っ直ぐな眼差しが、ベッドに横たわるクレアを映す。
クレアは目を細めて彼を見返し、唇の端をわずかに吊り上げた。
「何もないわ」
そう答えながらも、心の内では微かなざわめきがあった。――“酷いことをされた”と告げれば、王国軍とこの少年の間に深い亀裂を生み出すだろう。
それが特務に属する自分の役割であるはずなのに、なぜ口にしないのか。自分でも不思議だった。
しばしの沈黙。
その後、沈黙を破ったのは、クレアのほうだった。
「ねえ、悪いけれど……尿瓶を取ってくれないか」
少年の顔が一瞬固まる。
「え、あ……ああ」
クレアはさらに追い打ちをかけるように、平然とした声で言った。
「パジャマのズボンを下ろして、尿道に当ててほしい」
その瞬間、カイの頬が炎のように赤く染まる。
「そ、それは……! む、無理だ!」
彼は慌てて看護婦を呼びに走り出してしまった。
病室にひとり残されたクレアは、天井を仰ぎながら小さく鼻で笑う。
(なるほど……ただの好奇心か、それとも)
少年が自分に性的な興味を抱いているのかを、あえて試したのだ。だが彼の反応は、欲望よりも羞恥と誠実さの色が濃かった。
「……青臭い。けれど、本当に人間らしい」
そう心の中で呟きながら、クレアは閉じられた扉を見つめ続けていた。




