第23話 地下の二人
崩れ落ちた床の破片の中、かすかな唸りと熱が肌を刺す。
クレアは自分の体が動かないことに気づいた。上半身にずしりとのしかかる重量――視線を落とすと、砂と埃にまみれた青年が彼女の上に倒れ込んでいた。黒いパイロットスーツに、胸部の機器から青白い光が微かに漏れている。
「……どけ」
と言いたかったが、痛みがそれを止めた。
腕と脚の骨が折れている感覚があった。
そして、カイも意識を取り戻す。
カイはクレアの上に乗っていることに気づくと、慌てて飛び退いた。
「……動けるか?」
カイは恐る恐るといった感じで、クレアに訊ねた。
「……無理だな。腕と脚が……折れている」
クレアは息を整えつつ、薄く笑った。
「私を……」
そう言いかけた瞬間、耳を劈くような咆哮が地下に響く。
崩落した地下に響き渡る獣じみた唸り声。瓦礫の奥から姿を現したのは、鋼鉄の装甲をまとった異形――グラビオンだった。
グラビオンとはこの世界に生息する生物である。凶悪なトカゲであり、外皮は鉄鋼のように硬く、弾丸も跳ね返すほどである。ときおり人間を襲い、死亡例が報告されている。
「グラビオン!なんでこんなところに」
「おおかた、兵器として利用できないか研究をしていたのだろう」
クレアの言うとおり、ここにそれがいるのは、兵器になるかと研究していたからであった。
「くそ……」
動けないクレアを庇うように立ち上がったカイは、クレアの銃を奪うと構えた。
クレアは呼吸を荒げながらも、青年の胸部機器に視線を奪われる。
(……この機器、このパイロットがつけているということは……フロギストン?)
報告書でしか読んだことのない、旧世代の禁忌エネルギー。その存在を否定する者も多かったが、今まさに、自分のすぐそばでその力が脈打っている。
見たことは無いが、これがそれである予感がしていた。
カイは埃を払いのけ、彼女を助け起こそうとするが、クレアは足の激痛に顔を歪めた。骨折している――動けない。
「動けないのか」
「……見ての通りだ。どうせ私は捕まれば拷問が待っている。おいていけ……」
グラビオンが足場を砕きながら迫る。鋭い鉤爪が床を削り、鉄骨が悲鳴を上げる。
「置いてなんかいけないよ」
カイは敵であるクレアを見捨てられなかった。放置すれば死ぬのがわかっていて、そのままにできなかったのである。
クレアは迷いを押し殺し、カイに言った。
「お前、それはフロギストンだろう?そのエネルギーを使えるんだな。私の指示に従えるか?」
「……ああ。だけど、あんたは敵だろ」
「今は関係ない。あれに喰われたら、敵も味方もない。二人が生き残るためには協力するしかないだろう」
わずかな沈黙ののち、カイは短く息を吐いた。
「わかった。指示してくれ」
「脚は動かせんが、腕はまだ銃を撃つくらいは出来る。狙撃は任せろ。フロギストンをやつの周囲に充満させてくれ。弾丸の火花で引火させる……」
クレアはカイから拳銃を預かり、銃口をグラビオンの体に据える。
同時にカイは念じることにより、フロギストンを発生させた。胸部の装置の青白い光が一気に強くなり、周囲の景色がゆがむ。フロギストンが発生したせいで、光の反射が変わったからだ。
「出来た!」
カイが叫び、クレアがグラビオンを狙って引き金を引く。弾倉の中が空になるまで、引き金を引いた結果、銃声と蒸気の噴出音が交錯し、怪物の咆哮が地下に響き渡った――。
硬い外皮も炎の熱には耐えられなかった。フロギストンの炎が周囲を明るく照らす。
この瞬間、カイはただ守られる側ではなく、確かに戦場を切り拓く一人の戦士となっていた。
クレアはその横顔に思うものがあった。




