第12話 近代化改修
倉庫の片隅に置かれた古びた会議卓を囲み、かつての《フェニクス》計画の面々が並んでいた。
誰もが背筋を伸ばし、視線の先にいる男――アーノルドの口を静かに待っている。
「諸君」
低く響く声に、自然と全員の背が伸びる。
「まず、鹵獲した帝国のフレームと、あの不思議な“機能停止現象”については、現軍部が分析と研究を進める。そこは彼らに任せる」
皆が頷く。アーノルドはわずかに口元を緩め、次の言葉を紡ぐ。
「我々の役目はただ一つ――第一世代の《フェニクス》を、第5世代機の水準まで引き上げることだ。これはもう、誰にも邪魔はさせん」
その瞬間、卓の周囲に微かな笑い声が広がった。
「第5世代だって? 孫の乗ってる機体より速くしろってか」
「だったら、うちの孫に見せつけてやらんとな。『じいちゃんの機体のほうが強いぞ』ってな」
「こりゃあ、老後の楽しみができたわい」
冗談とも本気ともつかない笑い声が続く。
それは戦場の緊張とはまるで違う、温かく力強い空気だった。
カイは少し離れた壁際で、その光景をじっと見ていた。
寄せ集めの老人たち――だが、皆が迷いなく前を向き、声を交わし、かつての仲間として動き出している。
胸の奥に、小さな熱が灯るのを感じた。
――俺も、やってみようか。
彼は拳をゆっくりと握った。
そしてフェニックス計画は再始動する。
そんなある日、カイは格納庫の片隅で手際よく工具を動かすエレナの背中を見つめていた。
その手は年季が入っているのに迷いがない。迷いのなさが、逆に何か強い感情の裏返しに思えて、カイは思わず口を開いた。
「……どうして、今さら軍に戻るんですか?」
エレナは手を止め、溶接面を上げた。火花の残り香が空気に漂い、彼女はゆっくりとこちらに視線を向ける。
「今さら、ね。若いあんたにはそう見えるだろうな」
そう言うと、エレナは作業台に手を置き、少し遠くを見るような目になった。
「45年前、フェニックスは間に合わなかった。多くの仲間が死んで、戦場が崩れていくのを、ただ指をくわえて見てるしかなかった」
その声は、どこか乾いていた。けれど、その奥には長年押し殺してきた痛みがあった。
「起死回生の一手だったのに……。あれが完成してたら、助かった命がどれだけあったか。間に合わないって、あんなに悔しいことはない」
エレナは工具を握り直し、固く拳を作った。
「今度は――間に合いそうなんだよ。あんたが乗ってる、それのおかげでな」
彼女はカイの目を真っすぐ見て、静かに言葉を落とした。
「だったら、どこに迷う理由がある? あたしはもう、二度と“間に合わなかった”なんて言いたくない」
カイは返す言葉を失い、ただエレナの横顔を見つめた。
そこには、若さでは到底真似できない、積み重ねた年月の重さと、消えなかった炎が確かにあった。
カイはその後もエレナの作業を手伝っていた。
夕暮れの格納庫は、昼間の熱気がまだ鉄骨の梁にこもっている。
高い天井から吊られた照明は半分が消され、橙色の夕日がシャッターの隙間から差し込んでいた。油と鉄粉の匂いが、薄く漂う埃と混じり、どこか甘ったるい。
カイはフェニックスの胴体に回路を組み込む作業を終え、工具箱の蓋を閉じると、ゆっくりと外の通路へ歩き出した。
通路の端で、ミリアが武装ラックの点検をしているのが見えた。
片膝をつき、無駄のない動きでネジを締める姿は、迷いもためらいもない。背後から差す夕日が、彼女の髪の端を淡く染めている。
「……ミリア。さっき、エレナさんと話したんだ」
声をかけると、ミリアは視線を上げず、トルクレンチを回し続けた。
「ふん、あの義肢屋の姉御か」
「どうして今さら軍に戻ったのか聞いたら……45年前、フェニックスが間に合わなかった悔しさを話してくれた。仲間が死んでいくのを見て……起死回生の一手が間に合わなかった絶望感だって」
カイは言葉を探し、短く息をついた。
遠くでハンスが金属板を叩く音が、コン、コンと響いている。
「俺……正直、戦うことが怖い。でも……あんな顔で、迷いなく言われたら……もし俺が何もしなかったせいで、誰かが死んだら……きっと、後悔するんだろうなって思った。
……俺に、それができるのか……わからないけど」
ミリアはようやく手を止め、カイに視線を向けた。
橙の光が彼女の瞳に揺れ、その奥の感情を読み取るのは難しい。
「へえ……アンタにも、そんなこと考える時があるんだ」
「なんだよ、それ……」
「別に。ちょっとは見直したってことよ」
それだけ言うと、ミリアはまた工具を手に取り、武装ラックへと向き直った。
カイは彼女の背中を見つめ、少しだけ肩の力を抜く。
格納庫の隙間風が、油の匂いとともに二人の間をすり抜けていった。




