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フェニックス計画――老兵たちの夢と若き継承者――   作者: 工程能力1.33


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第11話 再結集

 軍病院の病室は、夕方の光がカーテン越しに薄く差し込み、消毒薬の匂いが漂っていた。

 ベッドの上で、ガルドは包帯に覆われた足をじっと見つめている。布の下、膝から下はもうなかった。


「……切断だとよ」


 掠れた声が、静かな室内に落ちた。


「結局、俺は役に立たなかった。フェニックスを動かすだけ動かして、後は若いのに任せるなんざ……」


 その横で、椅子に腰掛けたアーノルドが低く笑った。


「役に立たなかっただと? ガルド、あの機体を目覚めさせたのはお前だ。あれがなければ国境の村は焼け落ちていた」


 ガルドは唇を結び、目を逸らす。

 アーノルドは懐から手帳を取り出し、数ページをめくると、ペン先である名前をなぞった。


「……フェニックス計画の連中を呼び集める。整備班長だったハンス・ヴェルナー(元・主任メカニック)、エレナ・フォーゲル(元・武装システム開発主任)、オットー・ライニンガー(元・動力研究員)、マルタ・ケスラー(元・戦術オペレーター)……まだ生きているはずだ」


「無理を……」


 とガルドが言いかけたが、アーノルドはそれを手で制した。


「無理でもやる。あの機体の性能を、王国が完全に引き出せるようにする。……ガルド、お前にはカイに力の使い方を叩き込んでもらう」


 ガルドはわずかに目を見開いた。


「あいつを……?」


「そうだ。お前の一族の力、フロギストンを扱える人間は、もうあいつしかいない。ならば、やれることはまだ山ほどある」


 アーノルドの声は、かつて戦場で部下を鼓舞した時と同じ響きを持っていた。

 ガルドは短く息を吐き、力なく笑った。


「……分かった。叩き込んでやるさ」


 病室の空気が、わずかに和らぐ。だが、アーノルドの目は遠くを見つめていた。


 ――今から四十五年前。

 まだマナダイトの精製と変換技術が全盛になる前、アーノルドは一つの危機感を抱いていた。

 エネルギーの全てを一つの鉱石に依存する危うさ。もし供給が途絶えれば、王国は一夜で無力化される。

 その答えとして目をつけたのが、ガルドの一族が生み出す不思議な物質――フロギストンだった。

 かつて燃焼の正体と信じられ、後に科学的には否定された架空の元素。しかし、ガルドの一族はそれを現実に生成し、物質を燃やす以上の高出力を引き出せた。

 フロギストンを動力にしたフレーム――それがフェニックス計画だった。

 薪や石炭など比べ物にならぬ効率。マナダイトを使わずとも、戦線を維持できる可能性を秘めた機体。

 だが、完成目前で帝国との戦争は終わった。

 王国は敗北寸前だったが、停戦交渉の席が設けられた。もしフロギストンエンジンの存在が知られれば、王国はこれを交渉材料に差し出さざるを得なくなる――それはアーノルドにとって許されないことだった。

 彼は全ての設計図と研究記録を焼却し、唯一の完成機であるフェニックスを国境の山奥に隠した。

 いつか、王国が再び脅威にさらされて、立ち上がる時のために。


 病室の空気に、アーノルドの回想が静かに溶けていく。

 彼は再びガルドの肩に手を置き、低く告げた。


「……あの時守った未来が、今ようやく動き出したんだ」


 ガルドはその言葉に、ただ静かに頷いた。


 数日後。郊外の農機具修理屋を営んでいたハンス・ヴェルナーは、古びた封書を開き、震える指で老眼鏡を外す。


「……まったく。今さらこんな手紙を寄越すとはな」


 だが次の瞬間、埃をかぶった工具箱を力強く開け放った。


 王国の中立地帯で孤児に義肢を作っていたエレナ・フォーゲルは、夜更けに届いた書状を読み、長く伸ばした前髪の下で目を潤ませる。


「もう二度と、兵器なんて作らないつもりだったのに……」


 迷いながらも、工房の奥に隠していた設計図を引きずり出した。


 大学の非常勤講師となっていたオットー・ライニンガーは、学生に隠れて論文を読み返す。


「理論は未完だったが、今なら……彼なら応えられる」


 顔を上げた目は、再び研究者としての光を取り戻していた。

 山間の郵便局で局長として働いていたマルタ・ケスラーは、手紙を握りしめて微笑んだ。


「また戦場の声を拾う時が来たのね」


 情報網を繋ぎ直しながら、戦術端末を手に取る。


――――


 やがて、王都の軍工廠に一堂に会した老兵たち。

 油の匂いと鉄の軋みが漂う中、アーノルドが姿を現す。


「我らは敗戦の残骸に埋もれ、時に忘れ去られた。しかし――まだ終わってはいない。フェニックス計画は、若き者たちに継がれねばならん」


 黙っていたガルドが口を開く。


「私ではもう戦えない。だが孫のカイが……あの機体を動かした」


 その言葉に、仲間たちは驚きの息を漏らす。だがすぐに、目の奥にかすかな炎が灯った。


「ならば俺の工具はまだ鈍ってはいない」

「私の設計も、時代遅れにはさせない」

「研究は未完のまま終わらせぬ」

「戦場で支えるのが、私の役目だ」


 老いた声が次々と重なり、錆びついた工廠に新たな鼓動が響き始める。


 カイとミリアは、彼らの熱気を前にただ立ち尽くしていた。


「……じいちゃん。これが、フェニックス計画……?」


 カイの問いに、ガルドは静かにうなずいた。


「そうだ。お前が受け継ぐべき、未完の夢だ」


 その瞬間、かつて救国を夢見た老兵と若き世代を結ぶ“炎”が、再び灯ったのだった。


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