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フェニックス計画――老兵たちの夢と若き継承者――   作者: 工程能力1.33


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第10話 クレアからの誘い

 国境を侵犯し、王国の新型フレームと交戦した男――レオン・ハルトマン中尉。

 だが、その後に待っていたのは勲章ではなく査問会議と左遷。

 今や彼は机の上で書類の山と格闘するだけの「死に体」であり、かつての覇気は消え失せていた。

 髭は伸び放題、制服も皺だらけ。夜な夜な酒に逃げ、誰に咎められるでもなく自分をすり減らしていた。


 そんな彼を探し出し、冷ややかな視線を向ける女がいた。クレア・ヴァルター大佐。

 プロメテウス機関に属する彼女は、主戦派の命を受け「王国に現れた未知のフレーム」の調査を任されていた。そして彼女にとって、目の前の男こそが“最初にそれを目撃した唯一の将校”だった。


「……おかしなものね」


 クレアはカウンターの隣に腰を下ろし、わざと艶やかな声で囁く。


「帝国でただ一人、謎のフレームと相対した英雄が、安酒と埃にまみれているなんて」


 レオンはうつろな目を上げ、苦笑を浮かべる。


「英雄だと? 俺は停戦を壊した馬鹿者だ。机に押し込まれ、戦場から外された哀れな駒さ」


 クレアは彼のグラスに酒を注ぎ、わずかに身を寄せる。


「いいえ、あなたは違う。あなたは“見た”のよ。誰も知らない王国の秘密兵器を。王国の謎のフレームを目にしたのは、帝国広しといえども、あなた一人。この帝国にとって最も価値ある証人。捨て駒なんかじゃないわ」


 レオンの眼がかすかに揺れる。あの夜、炎に包まれた国境線で、確かに彼は見た――常識を覆すほどの力を宿す、謎のフレームを。


「……だからどうした。俺に何ができる」


「できるわ。私と来れば」


 クレアの声は低く、冷たく、しかし甘い誘惑を含んでいた。


「プロメテウス機関なら、あなたを戦場に戻せる。謎のフレームの秘密を暴き、帝国に勝利をもたらす。その役を果たすのは、見た者でなければ務まらない」


 沈黙ののち、レオンは酔いを醒ますためにチェイサーを注文した。

 虚ろだった瞳に、再び戦いへの渇望の炎が宿っていた。

 出されたチェイサーを一気に飲むと、クレアを睨む。


「プロメテウス機関って特務だよな。それが俺に?」


「プロメテウス機関なら、あなたを戦場に戻せる」


 そう告げたクレアは、わざと視線を外し、グラスを傾けた。淡い液体が揺れ、鈍く灯りを反射する。

 だが、彼女はすぐには勧誘の言葉を続けない。代わりに、静かに、鋭く問いかけた。


「……もっとも、あなたがまだ“帝国の軍人”であるのなら、の話だけれど」


 レオンの瞳がわずかに揺らぐ。


「帝国の軍人だと? 俺はとっくに見捨てられた。机の前に縛られた敗残兵だ」


 クレアはあえて冷笑を浮かべ、挑発するように言った。


「そう。やっぱり噂どおり……あなたはもう、戦場の犬じゃなくなったのね。王国の新型フレームを目にした唯一の将校でありながら、その知見も誇りも、酒に溺れて捨ててしまった」


 テーブルの下で、レオンの拳が固く握られる。


「……俺を侮辱しているのか」


「いいえ、試しているの」


 クレアは彼の顔をまっすぐ見つめる。瞳に宿る光を確かめるように。


「帝国を恨んでいるのなら、それでいい。けれど――戦場に戻りたいという気持ちまで死んだのなら、あなたに価値はない」


 沈黙。

 だが次の瞬間、レオンは深く息を吐き、揺らめく炎を思い出すように低く呟いた。


「俺は見たんだ。あの日……常識を覆すアンチマナダイト粒子の影響下でも問題なく動く怪物のようなフレームを。あれを放置すれば、帝国は呑まれる。……俺が黙っていられると思うか」


 クレアの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。挑発に応えたその言葉こそ、彼女が聞きたかったものだった。

 レオンの言葉を聞き、クレアは満足げに細めた瞳を光らせた。


「やはり――あなたにしかできない」


 彼女は囁くように言葉を重ねる。


「王国の謎のフレームを目にしたのは、帝国広しといえども、あなただけ。軍はその記録を握りつぶした。……だからこそ、あなたの視線と記憶こそが真実なの」


 レオンは言葉を失い、ただ苦い笑みを浮かべた。自分が“捨てられた存在”であることを知っている。だが同時に、捨てられたからこそ、まだ持ち得る“武器”があることも。

 クレアは一歩、彼の方へと近づいた。


「ハルトマン中尉。あなたの無念も、帝国の未来も――すべて戦場で証明すればいい。プロメテウス機関が、その場所を与える。――復讐の機会が欲しいのでしょう?」


 彼女の瞳は炎のように強く、しかしどこか冷ややかでもあった。


「あなたが拒むのなら、それでもいい。……ただし、そのときは“歴史の傍観者”として一生を終えることになる」


 テーブルに置かれたグラスの水面が揺れる。レオンの拳が再び強く握られていた。

 レオンの視線が鋭くなった。

 思い出すのは、半壊した自分の機体と、双眼鏡越しに見た古びた巨体。

 そして、撤退を命じる自分の声と、部下たちの無線。


「……大佐は悪魔だな。心の隙間に入るのがうまい」

「いいえ、私たちは人間よ。神や悪魔なんてものは、戦場では口にしないことね。そうした者から消えていったわ」

「……条件は?」

「あなたの階級はそのまま保持。機関所属として、全権は私の指揮下に置かれる。それでよければ――明日発つ」


 レオンはしばらく無言で彼女を見据えたが、やがて口の端をわずかに吊り上げた。


「……分かった。乗ってやるよ、その話」


 クレアはわずかに微笑み、手を差し伸べる。


 数秒の沈黙。

 やがてレオンは、深く息を吐き、力強くその手を握り返した。


 その翌日、レオンは暗い兵舎の机に突っ伏すように座っていた。周囲では他の兵士たちが談笑する声が遠く響いているが、彼の心には何一つ届かない。


 机の上には、処理を命じられた書類の山が散乱していた。

 任務報告、装備点検、兵站の数字――どれも誰かがやらねばならないが、誰でもできる雑務ばかり。かつて最前線で命を懸けて戦った中尉の手に渡るべきものではない。

 ペンを握る手が震え、紙面に乱雑な線を走らせた。


「ちくしょう……」


 抑えきれない苛立ちが声となって漏れる。

 脳裏には、今日クレアが言った言葉がこびりついていた。


『王国の謎のフレームを目にしたのは、帝国広しといえども、あなた一人』


 あの女は巧みに彼の心を突いた。軍に切り捨てられた自分の価値を、唯一肯定してくれたのだから。実際には部隊の生存者たちは見ているが、ああ言われると悪い気はしなかった。

 だが同時に、その手を取った瞬間から、自分が再び“利用される立場”に戻ったことも分かっていた。


「……分かってる。俺はまた、駒になる」


 レオンは乾いた笑いをこぼした。


 けれども、胸の奥底にはどうしようもなく燻るものがあった。


――戦いたい。

――証明したい。


 自分が、ただの敗残者ではないことを。

 机の端に置かれていた拳銃を無意識に掴み、冷たい金属の感触を確かめる。


「悪魔に魂を売ったっていい……この手で、あのフレームを叩き潰せるなら」


 レオンの目には、暗闇の中でひときわ強く炎のような光が宿っていた。


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