第1話 軍靴の音
アウスヴァルト帝国軍の参謀会議室。長机を囲む将官たちの顔には、薄暗い照明の下で刻まれた皺が陰影を落としていた。
壁には地図が広げられ、赤い駒が国境付近に密集している。
アウスヴァルト帝国は四十五年前、ヴァルディア王国と戦争になる。あと一歩でヴァルディア王国を降伏させられるかという状況で、和平交渉が成立し停戦となった。
当然国内では軍や民衆からの不満が爆発。しかし、帝国としてもこれ以上戦争を続ける体力がなかったのである。
その悔しさから結成されたのが、軍内部の派閥主戦派である。
緊張が漂う中、ひとりの主戦派将校が立ち上がった。
「四十五年前、我らは勝ちながら退いた……。停戦という名の屈辱で、帝国の剣は鞘に収められた。だが――我らは敗れてはいなかった!」
将校の声が石壁に反響する。周囲の若手士官たちは目を光らせ、年配の参謀すらわずかに肩を動かした。
「ヴァルディア王国の軍はマナダイトとそのフレームのみで構成されている。そして――」
マナダイトとはこの世界で採掘される鉱石であり、ここからエネルギーを抽出することで文明が成り立っている。
この便利な電池のような鉱石のお陰で、内燃機関や蒸気機関というものは発達しなかった。
また、フレームとは人が登場して操る巨大ロボットである。
その動力源としても、マナダイトは使用されていた。
将校は机上に置かれた黒い筒状の装置を持ち上げた。
「アンチマナダイト粒子。我らが技術陣が完成させた新兵器だ! これを浴びせれば、奴らのフレームはただの鉄屑と化す!」
ざわめきが広がった。誰もが、その言葉がもたらす意味を理解していた。四十五年前に奪われた勝利を、いまこそ掴み取れるという確信。
「もはや停戦の鎖に縛られる理由はない!」
「帝国は立ち上がるべきだ!」
熱狂が会議を包み、穏健派の声はかき消されていった。
――その光景を、若き中尉レオン・ハルトマンは黙って見つめていた。
彼の拳は机の下で固く握られている。四十五年前の戦いを知らぬ世代であっても、屈辱の記憶は血に刻まれていた。
本来会議に出席出来るような階級ではないが、主戦派は今回の作戦を彼に任せるつもりで、傍聴させていたのである。
「……証明するのは俺だ」
小さく呟いたその声は、誰の耳にも届かなかった。
やがて会議は解散し、主戦派の熱狂は軍全体を揺さぶるように広がった。
兵舎の闇を抜け、レオンは自らのフレームへと歩む。
その胸には、使命感と焦燥、そして昂揚が渦巻いていた。
「雪辱の狼煙は……俺が上げる。アンチマナダイト粒子の力でな」
エンジンが轟き、鋼鉄の巨体が目を覚ます。
帝国の野望を背負い、レオンの機体は夜の空気を切り裂いて出撃した。




