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バナナ反省文

作者: 今井玉木
掲載日:2025/12/01

 私は罪を犯しました。ユカ様のご自宅にあったバナナを、許可を得ずに勝手に食べてしまったのです。


 この反省文では、バナナを食べてしまった経緯、そして、これからユカ様にどのような償いをするのかを、僭越ながら述べていく所存でございます。


 ◯月◯日17時41分にアルバイトを終えた私は、いつものようにユカ様のご自宅「◯◯◯◯308号室」へ合鍵を用いてお邪魔いたしました。家主であるユカ様が私よりも遅い時間の帰宅になる事は、予め把握していた状態でした。


 帰宅した際、私は極限の空腹状態でした。そしてバナナは、玄関を入ってすぐの靴箱の上、ユカ様のご両親が海外旅行のお土産に買ったという、藤の編み籠の中に置かれていました。


 私はかねてから、台所近くにある菓子箱の中か、リビング中央にあるこたつ机の上にでも置いてあった方が良いと主張しておりました。


 しかしユカ様は「家に帰った時、一番最初に目に入るものが果物だったら少しは疲れが癒やされるかも知れないね」などという寝言戯言いや、『檸檬』を著した梶井基次郎のような瑞々しい感性のお言葉を発せられていた事が思い出されます。


 本当は「片付けが苦手なせいで物が多く、単に置き場所を確保できなかっただけではないか」という私見を付記しておきます。


 ユカ様の目論見通り、私は帰宅した瞬間、バナナの鮮やかな黄色に目を奪われました。如何にも果実らしい瑞々しさ、空腹を程よく満たす濃厚な甘さが、ただ目に映っただけで、まるで口に含み咀嚼したかのように、私に真に迫って来たのでした。


 想像していただきたい。空腹の極地にいる男の目に映るのは、一房たわわに実ったバナナです。もしユカ様がこのような状況下であったとして、食欲を我慢できたでしょうか。いや、否である。私はそう断言できます。


 気づけば私はバナナを全て食べ尽くし、そこに残るのは、内部の果肉を貪られてなお魅惑的な色を放つ、3枚のバナナの皮のみでした。ええ、そうです。私は、一房丸ごと平らげてしまったのです。


 その時の気分たるや、ユカ様、貴方様に想像できるでしょうか。そもそもあなたという人間が、がめつさと意地汚さで出来上がった、俗物で、くだらなく、浅はかで、取るに足らない存在である事は、もはや誰も疑う余地がございません。


 そのようなあなたには、あのバナナの魅惑的な黄色さを私のような感性で、しかと受け取る事など到底不可能だと断言できます。あのバナナは、私が全て食べる事が一番望ましかった。私はそう信じております。


 ともあれ私は、バナナを食べてしまいました。ユカ様がご購入したバナナを。3本とも全て。この罪深さを重々承知している次第です。何度も申し上げますように、この文章はユカ様の所有物であるバナナを、私が手前勝手に食べてしまったことを端に発する反省文、言わば「バナナ反省文」と呼ぶに値する文章です。


 決してバナナを勝手に食べてしまった事に対する言い訳、弁明の為の意地汚い釈明文のたぐいではありません。絶対に違います。


 おかれましては普段から察する力に疎く、”気付き”なる概念をお母様の産道に忘れてしまったのではないかと疑わしく思われてならない平生のユカ様のトンマぶり。人間としての知性は、およそ耳かきで掬う事すら叶わぬほど少ない愚かしさの権化である事が、議論の余地なく明らかです。


 改めまして「浅ましさと厚かましさの語源」ことユカ様。このバナナ反省文は、貴方様のような堕落・退廃の極地にある穢らわしい泥濘の魂とは一線を画す、きわめて純なる魂で以って書かれていることを、今一度よくよくお考えになった上で、ご高覧頂けますと幸いです。


 私の謝意が現時点でも十分伝わっているかと存じます。ここからは、バナナが一体全体どのような味をしていて、それを私が食べる事がどれほど適切であったかについて、僭越ながら述べさせていただこうかと存じます。


 端的に申し上げれば、正に「王様」。そう言い切って何ら差支えのない、余りにも官能的な食体験でございました。アレほどのモノは中々口にする機会がありません。バナナは三本で398円(税別)で“王様バナナ”という名を冠した、一般的な物より高価な商品でしたね。少しくすんだ黄色を基調とし、購入から3〜4日ほど経過して黒の斑点が程よく散った食べごろの見た目をしていました。大きさも特筆することのない、ほかの価格帯の物と変わりない様に見える外形をしてました。


 私はまずそのうちの一本を手に取り、「一本だけなら……」と自分に言い聞かせていました。ええ、そうです。事実は、三本ともすべて平らげてしまうという暴挙に及んでしまうわけですが。


 皮をむくと、中の果肉部分はこれまたほかのバナナと何ら変わりはありません。しかし私が「いったい何が普通のバナナと違うのだろうか」と顔を近づけると、その品のある豊かな香りが鼻腔を刺激して、極限の空腹状態であった私はめまいがしたように目をつぶりました。


 頭に去来するのは、これまで食してきたバナナ達の幻、言わばバナナの走馬灯といった映像群でした。つまりは過去あった全てのバナナを一蹴し、その名通り“王様バナナ”として君臨せんとする程の圧倒的バナナ、バナナを越えしバナナ、バナナエンパイアと言って何ら違和感のない気品と食味とを兼ね備えた至高の食物であること。それが香りからモウモウと立ち上って来るほどでした。


 私はもはや、食事ではなく生死をかけた死闘がこのバナナと私との間で行われると予期しながら、ゆっくりと顔を近づけ、その果肉にかぶりつきました。林檎ほど固くなく、しかしみかんほど柔らかくない、こちらが歯を入れていくようでいて、むしろバナナに取り込まれていくような、倒錯的感覚に私の全細胞は、食体験を超えた悦びに打ち震えておりました。


 バナナの本懐は甘みにあらず。果肉の実存と、香り高さと、その形からなる、食体験の最適性にあると断言できます。そして驚くことに、私の意識はバナナを咀嚼している間、バナナを運ぶ船の中に飛ばされていました。


 甲板の上に山積みになったバナナ、それらが一挙に私を目掛けて雪崩れ込んでくるーー私はバナナを食べたのではなく、あの王様バナナに閉じ込められていたバナナ物語を夢中で読む幼子のようでした。それなりの大きさのバナナを三本平らげてしまったことも、今思ってみれば当然と言わざるを得ないでしょう。


 ユカ様。これを馬鹿げた妄想だとお思いでしょうが、嘘偽りなく、あの王様バナナは、そこまでの逸品でありました。正直なところ、このバナナを見抜いたユカ様の慧眼たるや、巷の凡愚には到底たどり着くことのかなわない、買い物の天才の名を欲しいままにしたといっても過言ではありません。


 この事“のみ”に置いては、ユカ様のその才覚と、日頃の旺盛な好奇心による「やってみようの精神」が好転した結果と評するほかなく、屈辱千万ではありますが、私は貴方様に深く首を垂れる外ありません。


 さて、通り一遍の謝罪も終わりました為、私はこれより“王様バナナ”を1房丸ごと食べてしまった事に対して、情状酌量の余地があり、何もここまで怒られることは無いのではないか。と主張致します。


「お前はいったい何を言っているんだ」


 ユカ様の心の声が、今面前にいるかのように耳に響いております。しかし考えていただきたい。私は、398円(税別)のバナナをたったの3本食べてしまっただけに過ぎないのであり、その日ユカ様の自宅にはバナナ以外にもシナノゴールドが二個、デコポンも一個残っていました。


 つまりただ果物を食べたいと言うのであれば、いくらでも他に選択肢がある状態でした。殊更に「バナナが食べたい」などと言うのは、如何にも「ゴリラと呼ばれた女」「顔面ゴリラ」「性格ゴリラ」「ゴリラゴリラゴリラ」と呼ばれるに値するユカ様の偏った食嗜好がありありと表出していると言う他ありません。


 当日、バナナが勝手に食べられてしまったことに対する怒りをあらわにしながらも、一方では自身の食欲は別だと言わんばかりに私の作った餃子と青椒肉絲を意地汚く掻きこみ、五合炊いたご飯も三回もおかわりされてほとんど残らなかったことを、まさかまさか記憶の彼方へ放り去ってしまったのではありますまい。


 そういったユカ様の横暴極まる態度にも、一定の帰責性があるのではないかと私は主張したいのであります。


 考えてみれば私とユカ様の共同生活には、主に私側に随分と不利益があったと指摘できる気がしてなりません。


 まず“王様バナナ”こそユカ様が購入なさったものであるものの、それ以外の食料品や日用品の類は軒並み私が買いそろえた物であり、またつい先日からユカ様が気分よく豪勢に使っている化粧道具ですら、東京へ行った際に私にしつこくねだって無理やり買わせた物に他なりません。


 つまりは普段より私がこの家の生活万般をまかなっているのであり、その額はこのアパートの家賃に引けを取らないほどに膨れ上がっている現状が、余りにも見逃されているように考えられます。


 次にユカ様の部屋を片付ける能力の低さたるや、今までどれだけ親御様に家事万般を丸投げしていたのかとまことに驚かされるばかりです。


 掃除、洗濯、料理に至る家事万般はおろか、入浴後に髪を乾かすことすら面倒がり、私に髪を乾かす作業を丸投げして、自分はひたすらスマホでゲームやSNSに興じる傍若無人な振る舞いの数々に、私は日々新鮮な失望の念を催さずにはいられませんでした。


 自身のやるべきことからトコトン目を逸らし、興味関心の赴くまま奔放な生活に耽るその底の浅い後ろ姿たるや干潟かと見まがうほどで、私はそんなあなたをラムサール条約に登録し、アホウドリが越境する際の飛び地の一つにしてしまおうかと迷わせるほどの有様でした。


 前述のようなわがままお嬢様気取りの振る舞いはそれだけに留まらず、その日着ていく服や化粧、夜寝る際の子守歌に至るまで全てわたしが担当していることを、さも当然のような表情で日々生活なさってるお姿には、こちらも人はこれほどまでに厚かましくなれるのか、この女の面の皮は晩白柚で出来ているのではと疑いたくなるほどです。


 以上のように我々の共同生活は実質私の気遣いにより辛うじて成立する、生活破綻者とその介護士の暮らしといったような様相を呈しております。


 それほどまでに私が普段より神経を擦り減らしながらユカ様との生活を送っている事に比べれば、我慢できずバナナを3本食べてしまったことなどきわめて些末な出来事であると言わざるを得ません。


 つまりバナナを食べてしまっただけで、反省文まで欠かされるなどという恥辱がきわめて不適切で、不当な扱いではないかと考えております。


 反省文と銘打っておきながら、自分の無罪を主張するなどという大変破廉恥な真似は私としても心苦しく、なぜこのような事態になってしまったのかを考えるにあたり、やはりユカ様の日頃の愚かしい振る舞いに嫌気がさし、劇的な救いを深層心理の奥底で求めていたがゆえに起こしてしまった一時の気の迷いに過ぎず、むしろユカ様の方こそ私に対して謝罪をするべきだと、声を大にして申し上げたい次第です。


 しかしあくまでもここは私の私による私の為の反省文ですので、前述した様に私が“王様バナナ”3本を食べてしまったのは一瞬の気の迷いであり、私には十分すぎる程の情状酌量の余地がある為むしろユカ様こそが謝罪をするべきであることは明白ですが、あくまでもゴリラ様もといユカ様に謝罪の仕方を教えるという意味で、こう書いて結びとさせて頂きます。


 バナナを食べてしまい、本当に申し訳ありませんでした。


 この反省文を読んだ大学女子レスリング部エースのユカが、満面の笑みを浮かべたままジャーマンスープレックスを僕にお見舞いするのはまた別の話。

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― 新着の感想 ―
 面白かったです。 「なんだ、これ!?」と思いました。←褒めてます。  謝る気があるのかないのか(多分1ミリもないですよね)、結局ユカ様を馬鹿にしてるような謝罪文の切れ味がとても楽しかったです。 …
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