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第02話 灰色の濁流(1) 南海トラフ大震災

 静寂。全ての音が消え、時間が粘り気を持って引き伸ばされたかのような、あの悪夢的な感覚。それは次の瞬間、暴力的な轟音と衝撃によって、ガラスのように粉々に砕け散った。

 ゴゴゴゴゴゴッ!

 床下から突き上げるような、内臓を揺さぶる激しい縦揺れ。体が宙に浮き、叩きつけられる。間髪入れず、家そのものを根こそぎ引き抜いて、めちゃくちゃに振り回すような、猛烈な横揺れが襲いかかった。立っていることなど不可能だった。


「テーブルの下だ!」


 ハジメの絶叫が、無数の破壊音の中に響き渡った。彼は本能的に、家族を守るための最も原始的な砦へと向かう。シホは悲鳴を飲み込み、何よりも大切な三男サクを強く抱きしめ、その小さな体の上に覆いかぶさった。テルとカイも、床を転がるようにして、あるいは這うようにして、父が叫んだ食卓のテーブルの下へと潜り込む。

 それは、ほんの数十秒の出来事だったのかもしれない。だが、ヤマト一家にとっては、終わりの見えない地獄の時間だった。

 やがて、狂ったように暴れ回っていた怪物が、力尽きたかのように喘ぎ、その動きを緩めていく。凄まじい揺れは、次第に小さな震えへと変わり、そして、不気味な静寂が再び訪れた。


「…大丈夫か! みんな、無事か!?」


 ハジメが、埃を吸い込んで咳き込みながら叫ぶ。シホ、テル、カイ、それぞれからか細い返事が返ってくるのを確認し、彼はひとまず安堵の息をついた。

 一家は、半壊し、傾いた家から、まるで瓦礫の中から生まれ直すかのように、一人、また一人と屋外へ這い出した。

 そして、絶句した。

 そこには、彼らが知っている穏やかな街並みは、どこにもなかった。

 隣家は土台だけを残して崩れ落ち、向かいの家は屋根が地面にめり込んでいる。道という道はアスファルトがめくれ上がり、電柱はあらぬ方向へ折れ曲がっていた。舞い上がる土埃が視界を遮り、世界の全てが灰色のフィルターで覆われたかのようだ。

 その時、ハジメの脳裏に、この土地の、絶対的な事実が雷のように閃いた。


(そうだ、ここは……港区だぞ! 海が、すぐそこだ!)


 この土地が、海抜の低い埋立地であることを、彼は思い出した。


「津波だ!」


 ハジメの声は、恐怖で裏返っていた。


「津波が来るぞ! この揺れなら、数分で何もかも呑まれる!」


 彼は、まだ呆然としている家族に向かって、全身全霊で叫んだ。


「走れ! ぐずぐずするな! 一番高いところへ! あの丘の上のマンションだ!」


 その声に我を取り戻した一家は、絶望的な破壊の中から、一条の光を求めて、走り出した。灰色の濁流が、すぐそこまで迫っていることも知らずに。

皆様の声援が、三兄弟の戦いを未来へと繋げます。この物語を多くの人に届けるために、皆様の力をお貸しください!(↓の★で評価できます)


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