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第12.1話:地獄の円安 (4) 砕けた中流の夢

 横浜市、港北区の一戸建て。

 午後十時すぎ。望月雄介(四十歳)は、玄関の靴を揃えながら、なかなか立ち上がれなかった。スーツが汗で湿っている。鞄を持つ手が、かすかに震えていた。

 台所から、妻の声がした。


「お帰り。夕飯、温めようか?」


 返事ができなかった。

 雄介はリビングに入ると、ソファに座った妻の前に立ち、絞り出すように言った。


「……会社が、潰れた」


 沈黙。

 妻は立ち上がり、雄介の顔を見た。彼は目を合わせることができなかった。

 勤務先の輸入家具販売商社は、円安で仕入れが不能になり、在庫が尽きた瞬間に経営が崩壊した。三百人の従業員に、突然の解雇通知。退職金は法定最低限。次の仕事の当てはない。


 ハローワークの求人票は、薄かった。建設と物流の求人はあるが、体力に自信がない。IT系のスキルは持っていない。年齢も「三十五歳以下優遇」という条件の壁に何度もはね返された。

 二週間後、食卓が変わった。

 輸入肉は消えた。輸入野菜も消えた。代わりに並んだのは、国産の塩おにぎりと、薄い味噌汁だ。

 息子が、お腹がすいたと言いながら、テレビのアニメを見ていた。そして、ふと雄介を振り返り、屈託のない声で言った。


「……父ちゃん、ハンバーグ食べたい」


 雄介は、答えられなかった。

 台所の奥に逃げ、蛇口を目一杯ひねり、流れる水の音の陰で、声を殺して泣いた。


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