第12.1話:地獄の円安(2) ジャパン・パッシング ― 素通りする命綱
東京、霞が関。経済産業省エネルギー対策室。
一枚のメールが、担当者の顔色を変えた。
「LNGタンカー、NB-307号が……航路変更?」
横浜港に向かうはずだったカタール籍のLNGタンカーが、能登沖で突然航路を変え、万里の港へと向かい始めていた。船社のメッセージは短かった。
「日本さん、申し訳ないが。今のレートじゃ話にならんよ。万里は三六〇円でも買ってくれるけどね」
三六〇円建てで決済すると、日本が支払うラルは以前の三倍だ。予算の枠を超える。だが買わなければ、ガスがない。ガスがなければ、電力が落ちる。電力が落ちれば、工場が止まり、病院が止まり、人が死ぬ。
それでも日本の商社は粘り強く交渉したが、返事は同じだった。「お金を積んでも」ではない。「円を積んでも」買えない。三六〇円の円は、国際市場では三分の一の価値しか持たない紙屑だ。
「買い負け」。
その言葉が、翌朝の朝刊の一面を飾った。
地方都市のガソリンスタンド。
「本日、燃料切れのため営業休止します」という手書きの貼り紙が、引き戸のガラスに貼られた。その前に、給油待ちの車の列が伸びている。一般車だけではない。列の中に、救急車の白い車体が混じっていた。
救急隊員が、無線で本部に報告する。
「六番、本部へ。燃料待機中。患者搬送まで、あとどれくらいかかるか不明……」
本部は答えられなかった。
図らずもタイムリーな話題になりました。




