第01話 幸福の在り処(7) 崩壊の序曲
その夜、大和家の食卓には、シホ特製の、肉汁溢れるハンバーグが並んでいた。子供たちの楽しげな笑い声が、温かい光に満ちたリビングに響き渡る。一日の研究で溜まった心の澱が、家族の笑顔という純粋な幸福に溶かされていくのを感じながら、ハジメは穏やかな気持ちに満たされていた。
だが、心の奥底で芽生えた黒い染みは、消えてはいなかった。彼はふと、目の前でハンバーグを頬張る息子たちの無垢な顔を見つめ、抑えようのない衝動にかられて、妻に問いかけていた。
「なあ、シホ。俺たちは、この子たちに、ちゃんとした未来を、残してやれるんだろうか……」
その言葉に含まれた、普段の彼からは想像もつかない深い憂いの響きに、シホが
「あなた……?」
と不安そうな顔を向けた、まさにその瞬間だった。
ビュイッ! ビュイッ! ビュイッ!
けたたましい警告音が、部屋のあらゆる方向から同時に鳴り響いた。食卓の上のスマートフォン、リビングのタブレット、壁掛けのデジタル時計。全ての電子機器の画面が、一斉に不気味な赤色に点滅している。
家族の会話が止まる。
テレビ画面が、何の脈絡もなく報道特別番組のスタジオに切り替わり、黒い背景に白いゴシック体で、冷たいテロップが躍った。
【緊急地震速報。強い揺れに警戒してください】
ハンバーグを口に運ぼうとしていたテルのフォークが、空中で止まる。
牛乳を飲んでいたカイの喉が、ごくりと鳴る。
母の膝の上でうたた寝をしていたサクが、異様な気配に目を覚ます。
全ての音が、消えた。
まるで世界から空気が抜き取られてしまったかのように、絶対的な静寂が食卓を支配する。誰もが息を止め、互いの顔を見つめることしかできない。時間が、粘り気を持って引き伸ばされていくような、悪夢的な感覚。
その、永遠にも思える静寂を破ったのは、腹の底から響いてくるような、低く、不気味な唸りだった。
ゴゴゴゴゴゴゴ…………
地鳴り。
それは、大地という巨大な獣が、永い眠りから目を覚ます咆哮だった。
食卓のグラスが、床が、家そのものが、小刻みに震え始める。
崩壊の、まさにその寸前で、物語は幕を閉じた。
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