第12話:財務大臣テル(9) 新産業の創造 ― 車輪から翼へ(v2)
エネルギー開発と並行して、テルは【技術の鎖】への布石も打っていた。
官邸、大会議室。
重厚なガラステーブルを囲むのは、日本の自動車産業を牛耳ってきた男たちだった。豊名自動車会長の豊名、本間技研社長の今井、日村自動車の渡辺、YHI会長の結城。四人の合計経歴は二百年を超え、傍らに控える秘書たちも、名立たる財閥の御曹司ばかりだ。
彼らは、招集という形式に、腹の底で反発していた。政府に呼びつけられて指図を受けるなど、あっていいことではない。だが大和テルという男の要請を無下にするほどの度胸は、この時点ではまだ、誰も持っていなかった。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
テルは静かに着席した。余計な前置きはない。
「まず、これをご覧ください」
壁面のスクリーンに、一枚の表が映し出された。
左側には、昭納六十四年(一九八九年)のランキング。
1位:NDT(NTT)、2位:日本産業銀行、3位:住代銀行……。トップ10のうち7社を日本企業が独占している。まさに、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代。
そして、画面が切り替わる。
右側には、令化八年(二〇二六年)のランキング。
アップラ、マクロソフト、サウジ・アラスコ……。
日本企業の名は一つもなく、トップの豊名自動車でさえ四十五位に沈んでいる。
「見てください。かつて、この国は世界経済の頂点にいました。ですが、今は見る影もない。これは墓標です」
経営者たちは黙った。分かりきっていることを、最も残酷な形で突きつけられた沈黙だ。
「しかし、私は皆さんを責めに来たのではない」
テルは経営者たちの顔を、一人ずつ見た。
「土俵を変えられたんです。我々が内燃機関で世界を制しようとしていた矢先に、欧州とアトランティスは『脱炭素』というルールを持ち込んだ。しかし、考えてみてください。気候変動の主因は本当に人間が排出するCO₂なのか?」
経営者たちが、顔を上げた。
「NASAのデータを見れば分かります。過去の気候変動と太陽活動の相関係数は〇・九を超えている。地球の気温は、太陽の磁気活動と宇宙線の量によって左右される部分の方が、CO₂の排出量よりはるかに大きい。にもかかわらず、なぜ『脱炭素』だけが国際的なルールとして機能したのか」
「それは、標的が最初から明確だったからです。EVシフトが本格化した当初、どの国のメーカーが最も苦しんだか――日本とドイツです。内燃機関の精度と信頼性で世界を制していた二か国だけが、EVシフトによって土俵を失った。偶然ではない。精密な内燃機関を作れなかった欧州の他国と、万里のEVメーカーが、土俵ごと変えることで競争条件を均等化しようとした。環境問題は大義名分に過ぎない。ターゲットは最初から、貴方がたでした」
豊名会長が、低く唸った。
「……その通りだ。我々には内燃機関に代わる『答え』がすでにあった。HVだ。ガソリンと電気を組み合わせ、燃費を極限まで高める。実用的で、インフラ整備も不要で、現実解だった。しかし世界はそれを選ばなかった。EVか内燃機関か、という二択に強引に持ち込まれた」
「貴方がたは、一度負けた。しかし、HVで培ったものは消えていない」
テルは、スクリーンの画面を切り替えた。映し出されたのは、一枚の技術資料だ。
TNGA(Toyota New Global Architecture)――豊名方式プラットフォーム設計思想。
豊名会長の表情が、わずかに変わった。
「……なぜ、それを」
「TNGAの本質は、多様な車種と動力源に対応できる『共通骨格』の思想です。エンジン搭載車にもHVにも、原理上はドローンの機体設計にも応用できる。ボディ剛性の確保、重量配分の最適化、モジュール化された部品の組み合わせ――この発想を空に持ち込めば、世界最高水準の産業用ドローンが生まれます。弟が三年かけてそれを証明しました」
豊名は、サクの設計資料に目を落とした。その中に、自分たちが二十年かけて作り上げた設計思想の「子供」が、確かにいた。
映し出されたのは、滑らかな流線型の機体が編隊を組んで飛ぶ映像だった。大型の産業用ドローン。精密農業、物流、インフラ点検、災害救助――様々なシーンで活躍する映像が、矢継ぎ早に切り替わる。
「空です。我々の次の舞台は、空だ」
テルは続けた。
「豊名会長、豊名自動車の創業者は自動織機から自動車へ転身した。その時の覚悟と情熱を、今こそ呼び覚ます時ではないですか。自動車で培ったモーター技術、精密加工、品質管理、サプライチェーン――それは全てドローンの生産に直結する。土俵は変わっても、皆さんの本質的な強みは変わらない」
次の画面が映し出された。サクが設計した生産ラインのシミュレーション映像だ。自動車のボディを組む多関節ロボットが、そのままドローンフレームの組み立てに転用されている。公差の管理、溶接の精度、品質保証の工程。全てが自動車工場のノウハウの延長線上にある。
渡辺社長が、食い入るように映像を見ていた。その目に、徐々に技術者としての火が灯り始めるのが分かった。今井社長が、低い声で呟く。
「……モーターの制御系は、HVで散々やってきた。確かに、流用できる」
「国家プロジェクトとして、四社の共同出資で製造会社を立てます。政府は初期費用を無利子で融資し、JDM(日本ドローン製造)として世界市場に打って出る。三年後のシェア三〇%を目標に、私は本気で動きます」
会議室が、静かな熱気に包まれた。
豊名会長が、皺だらけの手で机を叩いた。
「……一つ、聞かせてくれ」
「なんでしょう」
「大臣、あんたは本気で、日本が浮上できると信じているのか」
テルは、間を置かなかった。
「信じていなければ、この仕事は引き受けていません。私は賭けているのではない。確信して、進んでいるのです」
豊名は、しばらくテルの目を見た。そして、低い声で笑った。
「……面白い。乗ってやろうじゃないか。死んでも惜しくない歳だ」
その一言が、合図だった。
渡辺が手を挙げ、今井が頷き、結城が目線で了承を示した。
日本の自動車産業の巨人たちが、今、「翼」へ向けて舵を切った瞬間だった。
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