第12話:財務大臣テル(7) 燃える氷 (v2)
投稿ミスがあり再度投稿します。
令化三十一年八月。日本海に向かうヘリコプターの中で、テルは目を閉じていた。
眼下に広がる水平線を見ながら、三か月前の会議を思い出していた。
財務省の大会議室。テルが「第三の矢――国産エネルギーの確保」を提案した直後、室内は凍りついた。
最初に口を開いたのは、重工業の雄「五菱重工」の会長だった。温厚な人物として知られるが、その顔に、珍しく剥き出しの懐疑が浮かんでいた。
「大臣、メタンハイドレートは、夢の資源と言われ続けて三十年以上です。その間、世界中の技術者が挑戦し、全員が採算に合わないという結論を出して撤退している。今さら、なぜ――」
「コストが問題なのです」
経済産業省のエネルギー政策担当局長が、資料を示しながら続けた。
「現在の採掘試算コストは、LNG換算で一立方メートルあたり約四百円。輸入LNGの三倍以上です。さらに深海底(水深数百メートル以深)の堆積層から安定して採掘するためには、減圧法か加熱法しかなく、いずれも膨大なエネルギーを投入する必要がある。エネルギーを得るためにエネルギーを消費する――そのERoI(エネルギー回収率)が一を下回る可能性すら指摘されています」
JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)出身の専門家が、技術的な反論を加えた。
「加えて、安定生産が極めて困難です。深海底の堆積型は、採掘中に海底地盤が不安定化し崩落するリスクがある。令化二十年代の太平洋側試験掘削では、砂と一緒に吸い込まれた堆積物がパイプを詰まらせ、十五分で採掘を中断せざるを得なかった。あれから改善されていない。技術的に見て、現時点での商業ベース到達は、二十年先の話です」
テルは静かに聞いていた。反論はしなかった。彼らは間違っていない。
ただ、一つのことを尋ねた。
「皆さんが言っているのは、すべて『太平洋側の深海底、堆積型』の話ですね?」
会議室が、静まった。
「その通りですが……」
「日本海側の表層型については、どなたかご意見は?」
沈黙が続いた。専門家たちが目を見合わせた。
テルは、東京大学の資料を取り出した。サクが、前夜に送ってきたものだ。
「日本海の表層型メタンハイドレートは、太平洋側の深海底堆積型とは本質的に異なります。水深三百から八百メートル。海底表面から十メートル以内に露出、または浅く埋没した状態で賦存している。深く掘る必要がない。地盤崩落のリスクも桁違いに低い」
局長が、慎重に答えた。
「……それは事実です。ただ、表層型は分布が不均一で、固定式プラットフォームでの採掘には適していない。どこに塊があるか、移動しながら探す必要があり、採掘施設を固定する従来の方式では対応が――」
「だから、固定しないのです」
テルが静かに言った。
「固定式プラットフォームという発想を、捨てます。移動できる船が、AI制御で最適な採掘ポイントを探しながら動き回る。魚群探知機で魚の群れを追う漁船のように、メタンハイドレートの塊を追って動く採掘船を作る」
会議室に、奇妙な空気が流れた。反論するための言葉を、誰も持っていなかった。
重工の会長が、ゆっくりと尋ねた。
「……採掘したガスは、どう扱う? 海上でLNG化するには圧縮施設が必要だ。移動式の船に積めるサイズではない」
「液化しません。採掘した現場で、直接発電します」
テルは次のページをめくった。そこにあったのは、採掘したガスをその場で電力に変換し、海底ケーブルで陸へ直送するという発電プラントの設計図だ。
「採掘したメタンガスをそのまま燃料電池に通し、船上で電力を生成する。発電した電気は、海底ケーブルで陸に送る。輸送コストがゼロになる。タンカーも基地も要らない。採掘と発電を、一隻の船の中で完結させる」
さらに長い沈黙。
JOGMEC出身の専門家が、低い声で言った。
「……採算は?」
「弟の試算では、量産段階でLNGの七割程度のコストに収束します。輸送コストと液化コストが消えるので。ただし、初期投資は重い。だから国費でやる」
重工の会長が、腕を組んだ。長い間、黙っていた。
やがて、静かに言った。
「……やったことがないことを、やる、という話ですね」
「そうです」
「失敗する可能性は?」
「あります。ただ、やらなければ、確実に今の地獄が続きます」
会長は、しばらくテルを見た。その目の奥に、技術者として生きてきた人間特有の火が、かすかに揺れるのが分かった。
「……試作機の設計と製造に、参加させてください。条件はなし。もし成功したら、次の商業機の受注を優先してほしい。それだけでいい」
ヘリコプターのローターが風を切る音が、テルの意識を現在に引き戻した。
眼下の日本海に、一隻の無骨な船が見える。あの会議から三か月。それが、現実になった。
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