表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/88

第12話:財務大臣テル(4) 守護者との対決

 会見を終え、大臣執務室に戻ったテルを待ち構えていたのは、怒りに震える財務事務次官、黒田篤紀だった。

 彼は机の前に仁王立ちになり、入ってきたテルを睨みつけた。


「……大臣。正気ですか」


 黒田の声は低く、殺気立っていた。


「消費税撤廃。国債の無制限発行。あんなデタラメを公言して……。市場はパニックになります。国債の格付けは暴落し、金利は暴騰する。財政破綻への直行便だ!」


 テルは、黒田の剣幕を柳のように受け流し、執務机に座った。

 彼の目には、黒田の全身に幾重にも巻き付いた【貨幣の鎖】が見えていた。その黄金の鎖は黒田の肉体に食い込み、彼の思考と行動の全てを支配している。黒田自身が、鎖の傀儡であり、同時にその守護者なのだ。


「黒田さん。座ってください」


「座っていられません! 撤回してください、今すぐに!」


「金利は上がりませんよ」


 テルは静かに言った。


「日銀がYCCで抑え込むからです。中央銀行が『買いオペ』を行えば、国債価格は維持され、金利は上がりようがない。それが金融のメカニズムです」


「それは理論上の話だ! 実際には投資家が逃げ出し、制御不能になる!」


「投資家が逃げても、日銀が買えばいい。自国通貨建て債務で破綻することなど、あり得ないのです」


 黒田は唇を噛んだ。MMT(現代貨幣理論)のロジックだ。彼はそれを異端の宗教として軽蔑していた。


「……百歩譲って、カネの問題はいいとしましょう。ですが、日本にはもっと根本的な問題がある」


 黒田は最後の砦に籠もった。


「人口減少です。労働人口が減り続ける国で、経済が成長するはずがない。財政を出しても、使い道がないのです。だからこそ、身の丈に合った縮小均衡を目指し、将来のために財政を温存すべきなのです!」


 人口減少デフレ論。

 それが、財務省が緊縮を正当化するための、最強の盾だった。

 テルは、ふっと笑った。


「人口減少、ですか。……黒田さん、これを見てください」


 テルが手元のコンソールを操作すると、空中にホログラム・グラフが浮かび上がった。

挿絵(By みてみん)

 『世界GDPに占める日本のシェア』。

 昭納六十四年の15.4%から、現在は見る影もなく3.8%へ。急降下する折れ線グラフが、残酷な現実を示している。


「見てください。かつて、この国は世界経済の二割近くを占めていました。ですが、貴方たちが『規律』を守っている三十年、いや半世紀の間に、国はここまで痩せ細ったのです」


 黒田は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「それは……時代の変化です。人口ボーナスが終わった国の宿命だ」

「違います。国が投資を怠り、カネを回さなかったからです」

「ぐっ……! しかし、人口が減れば経済が縮むのは自然の摂理だ!」


 黒田が叫ぶ。

 テルは、冷徹に二つのグラフを並べて表示した。

 一つ目。横軸に「人口増加率」、縦軸に「一人当たりGDP成長率」をとった散布図。

 点はバラバラに散らばっており、右肩上がりでも右肩下がりでもない。


「ご覧の通り、世界各国のデータを見れば、人口の増減と経済成長率には、統計的な相関関係は全くありません。人口が減っても成長している国は多数ある。人口が増えても貧しい国もまた然りです」


 そして、二つ目のグラフ。

 横軸に「政府支出の伸び率」、縦軸に「GDP成長率」をとった相関図。

 こちらは、驚くほど綺麗な右肩上がりの直線を描いていた。


「一方で、政府が支出を増やせば増やすほど、経済が成長するという相関は、極めて明白です。政府が投資すれば、民間も潤い、国は富む。当たり前の事実です」


 テルは立ち上がり、グラフの左下、原点付近にぽつんと孤立している一つの点を指差した。


「見てください。世界中で唯一、この二十年間、政府支出を減らし続け、そして唯一、経済成長しなかった愚かな国があります」


 その点の横には、『JAPAN』と記されていた。


「……っ!」


 黒田は言葉を失った。冷酷なデータが、彼の信条を粉砕していた。

 テルは黒田に歩み寄り、その目を射抜いた。

「経済を決めるのは、人口ではありません。政府が国民に投資したか否か、それだけです。貴方は、『人口が減るから成長できない』と言った。違う。貴方たちがカネを出し渋り、成長の芽を摘み続けてきたから、国民は貧しくなり、子供を産むことさえ諦め、結果として人口が減ったのです」

 テルの背後に、巨大な圧力が立ち上る。


「貴方は、国の帳簿を守るあまり、国民を見殺しにしてきた。その罪は重い」


 黒田の顔色が蒼白になる。

 彼の耳には聞こえないが、テルの耳には、はっきりと聞こえた。

 パキン、という硬質な音が。

 黒田を縛り上げていた黄金の鎖に、亀裂が入った音だ。


「その鎖は、今日、ここで私が断ち切る」


 テルの宣告に、黒田は崩れ落ちるように椅子に手をついた。

 反論は、もう出てこなかった。

皆様の声援が、三兄弟の戦いを未来へと繋げます。この物語を多くの人に届けるために、皆様の力をお貸しください!(↓の★で評価できます)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ