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第12話:財務大臣テル(3) 言語化される「鎖」

 翌日。

 内閣改造の発表は、日本中に衝撃を与えた。

 主要閣僚の留任が続く中、財務大臣という政権の要に、当選三回、弱冠三十一歳の若手が抜擢されたのだ。

 永田町は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、霞が関には激震が走った。メディアは「総理のご乱心」「経験不足の若造に何ができる」と書き立てた。

 だが、そんな喧騒をよそに、就任会見場に現れた大和テルは、静謐な湖面のような落ち着きを払っていた。

 無数のフラッシュが焚かれる中、彼は演台に立つ。

 用意された原稿はない。彼の頭の中には、これから語るべき言葉の全てが、完璧な論理構造として組み上がっていた。


「国民の皆様。新しく財務大臣に就任いたしました、大和テルです」

 よく通る、しかし落ち着いた声。

「本日は、皆様に、ある『宣言』をするために参りました」


 彼は会場を見渡した。記者たちの目は懐疑的で、敵意すら混じっている。


「今、日本は未曾有の物価高に苦しんでいます。生活は苦しく、未来への希望が見えない。多くの方がそう感じておられるでしょう。……なぜ、こんなことになったのか」



 テルは一呼吸置き、カメラの向こうにいる一億二千万人の国民に向けて、語りかけた。



「それは、我々が長い間、ある『思い込み』に縛られてきたからです。『国には金がない』『借金をしてはいけない』『節約こそが美徳だ』……。この呪縛、いわば【貨幣の鎖】が、我々の手足を縛り、豊かになるための力を奪ってきたのです」


 【貨幣の鎖】。

 その言葉が、電波に乗って全国へ広がっていく。

 テレビの前で、スマホの画面で、人々はその聞き慣れない、しかし妙に腑に落ちる言葉に耳を傾けた。


「政府や専門家は言います。『インフレを抑えるために、増税と利上げが必要だ』と。……私は断言します。それは狂気の沙汰です」



 記者がざわめく。



「病み上がりの体に鞭を打ち、食事を抜かせるような真似を、私は絶対にさせない。本日より、日本の経済政策は百八十度転換します」


 テルは右手を高く掲げた。



「新・国家経済運営、通称『テルノミクス』。この政策は、三つの矢によって構成されます」


 テルは指を一本立てた。



「【第一の矢】は、『制御された通貨創造』。無限の力の解放と、鉄の規律による、【貨幣の鎖】の打破です」


 会場の空気が張り詰める。テルは、その緊張を切り裂くように宣言した。


「まず、消費税の、即時・完全撤廃を行います」


 一瞬の静寂の後、爆発するようなシャッター音と、記者たちの怒号のような質問が飛び交った。



「撤廃!? 減税ではなく!?」

「財源はどうするんですか!?」

「インフレが加速しますよ!」


 テルは動じない。



「消費税は、物価を強制的に一〇%引き上げている元凶です。これをゼロにすれば、現在起きているコストプッシュインフレの大部分は相殺されます。国民の皆様の生活費は、明日から一割安くなる。これは最強の物価対策であり、生活防衛策です」


 彼は続ける。


「財源? そのような心配は無用です。日本は自国通貨を持つ主権国家です。必要なカネは、国家の意志で創り出せばいい。政府と日銀はアコード(協定)を結び、無制限の金融緩和、すなわちイールドカーブ・コントロール(YCC)を継続します。どれだけ国債を発行しようとも、長期金利は0%近傍に固定し続けます」

「無制限に金を刷るというのか! ハイパーインフレになるぞ!」


 古参の経済記者が叫ぶ。テルは彼を鋭く見据えた。


「いいえ。無秩序に刷るわけではありません。明確な『規律アンカー』を設けます」


 テルは断言した。

  

「財政の制約は『財源カネ』ではありません。『供給能力モノ』です。すなわち、インフレ率こそが唯一の制約です」

「我々は、物価安定の目標として、国民がかつて豊かさを実感した高度経済成長期の水準――コアコアCPI(食料及びエネルギーを除く消費者物価指数)上昇率3%から5%を掲げます。この目標を超える需要過熱の兆候が見られるまでは、政府は躊躇なく財政出動を継続することを、ここに約束します」


 3%から5%。

 それは、デフレに慣れきった現代人には高く感じるかもしれないが、かつて日本が最も輝いていた時代の「体温」だった。

 死に体の経済に、劇薬を投与して体温を上げる。その覚悟の宣言だった。

 テルは二本目の指を立てた。


「【第二の矢】は、『国民生活の完全保障』。安心と尊厳の再建です」

「第一の矢で得た力は、まず何よりも国民を救うために使われます。働く意思のある全ての国民に対し、政府が『最後の雇い手』として尊厳ある賃金の仕事を保障する『ジョブ・ギャランティー・プログラム(JGP)』を創設します。失業という概念を、この国から根絶します」

「さらに、将来の増税不安を払拭するため、国民負担率に上限を設ける『国民負担率キャップ』を法制化します。政府の豊かさは、必ず国民の豊かさに直結させます」


 そして、三本目の指。


「【第三の矢】は、『国家の脆弱性を克服するための戦略投資』。【技術の鎖】と【資源の鎖】の解除です」

「国民生活の安定を土台として、この国の構造的な弱点を攻めます。エネルギー、食料、先端技術。民間だけではリスクが取れないこれらの分野へ、国家が無制限に投資します。海外市況に脅かされない『自前の供給能力』を持つことこそが、インフレに対する究極の解決策なのです」


 テルは拳を握りしめ、会場全体、そしてカメラの向こうの国民に訴えかけた。


「通貨の信認とは何ですか? 為替レートの数字ですか? 帳簿の均衡ですか? ……違います」


 彼の声に、熱がこもる。


「通貨の信認とは、そのカネで国民が飯を食えること、安心して暮らせること、その一点に尽きるのです!」

「私は、カネを燃やして暖を取るような愚は犯しません。カネを使って、暖房器具――すなわち、国内の供給能力を作るのです! 【貨幣の鎖】を断ち切り、その力を、国民生活と未来への投資へ、全額振り向ける。それが私の約束です」


 テレビの向こうで、その演説を聞いていた人々の中に、小さな変化が生まれ始めていた。

 今まで「仕方ない」と諦めていた貧困。

 「国の借金だから」と我慢していた増税。

 それらが、実は変えられるものだったのか? 自分たちを縛っていたのは、物理的な欠乏ではなく、目に見えない「鎖」だったのか?

 テルが口にした【貨幣の鎖】という言葉が、人々の認識の枠組みを、少しずつ、しかし確実に揺さぶり始めていた。

皆様の声援が、三兄弟の戦いを未来へと繋げます。この物語を多くの人に届けるために、皆様の力をお貸しください!(↓の★で評価できます)


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