第11話:静かなる介入(1) 鎖を解く言葉
会議室の全ての視線が、その一点に、吸い寄せられていた。
国防部会長代理、大和テル。
絶望という名の重力に支配された最高安全保障会議室の淀んだ空気の中、ただ一人、彼は、静かに、立っていた。その所作には、極限の状況下にあるとは思えないほどの落ち着きと、揺ぎない自信が満ちていた。
その、息詰まる沈黙を破ったのは、テルだった。
彼は、円卓の中央へと歩み出ると、藤堂総理の目を、まっすぐに見つめ、言った。
「――これは、戦争ではありません。原因不明の『大規模システム障害』です」
その言葉の、真の意図を、その場にいた閣僚の何人が、理解できただろうか。
だが、藤堂総理は、理解した。
彼は、ゆっくりと、目を開いた。テルの瞳の奥に宿る、自らが新しい時代のルールを創造するのだという、絶対的な意志の光を見抜いた。老総理は、この国の未来を、この恐るべき若者に、賭ける決断を下した。
「……許可する」
藤堂の、かすれた、しかし、確かな重みを持つ声が、静寂に満ちた会議室に、響き渡った。
「君の、責任において、実行したまえ」
テルは、深く、一礼した。
「――御意」
その数分後。
テルは、官邸の一室で、高度に暗号化された通信端末を手にしていた。コールは、一度で繋がった。相手は、沈黙している。
「カイ」
テルは、弟の名を呼んだ。
「――台湾を、沈ませるな」
指令は、それだけだった。
受話器の向こうで、カイの、短く、しかし、全てを理解した応答が聞こえた。
『――了解した』
通信が切れる。
その瞬間、日本の、歴史の盤面から最も遠い場所で、新しい時代の、静かな序曲が始まった。
沖縄県、石垣島。その地下深く。
地図には存在しない、巨大な地下ドック。空気は冷たく澄み渡り、聞こえるのは、自律稼働する整備ドローンの、静かな電子音だけだ。
広大な空間に、まるで古代の神殿に鎮座する神像のように、12体の漆黒の獣が、その身を横たえている。
『零式潜水無人攻撃機』――通称、『零潜』。
カイは、ガラス張りの司令室から、その光景を、静かに見下ろしていた。
彼の背後のメインスクリーンには、台湾海峡のリアルタイム海図と、万里の大艦隊を示す無数の赤い光点が、不気味に脈打っている。
カイが、コンソールに触れる。
『全機、覚醒シーケンス、開始』
その指令を受け、ドック全体に、心臓の鼓動のような、低く、柔らかな起動音が響き渡った。
一体、また一体と、『零潜』の機体表面に、青白い光のラインが走り、その先端にある単眼のメインセンサーが、まるで生命を宿したかのように、蒼い光を灯す。
『システム、オールグリーン。各機AI『アマテラス』、作戦目標ロード完了。初期侵攻計画、算出完了』
無機質な合成音声が、最終準備の完了を告げる。
カイは、マイクに向かい、静かに、しかし明確な意志を込めて、音声コマンドを入力する。彼の言葉は、AIが即座に解釈し、12体の獣の頭脳に、大目標としてインプットされる。
『これより我々が為すは、殺戮ではない。侵略者を罰する、裁きでもない』
『ただ、この国の平穏を、未来を、理不尽な暴力から守り抜くための、絶対的な――"結界"となる』
彼の脳裏に、十七年前の、あの地獄の光景が、一瞬、よぎる。
力なく、目の前で、失われていった、命。そして、制御できぬ力が、生み出した、もう一つの、悲劇。
その言葉を最後に、カイは、ドックの最奥にある、巨大なゲートの開放を命じた。
ゴオオォォ……ッ!
地響きと共に、厚さ数十メートルの偽装岩盤ゲートが、ゆっくりと、上方にスライドしていく。
ゲートの向こうから、息をのむほどに美しい、エメラルドグリーンの光が、暗闇のドックへと、奔流のように差し込んだ。
沖縄の、豊かな海の光だ。
カイは、短く、最後の指令を下した。
その声は、感情を排した、純粋な命令だった。
『――全機、出撃』
その言葉が、引き金となった。
先頭の一機が、動いた。
一切の推進音を伴わず、まるで重力から解放されたかのように、漆黒の機体が、滑るように、前進を開始する。
暗闇のドックから、光の中へ。
その圧倒的な静粛性と、生物的なまでの滑らかな加速は、物理法則を超越した魔術のようでもあった。
一機、また一機と、12機の『零潜』が、完璧な編隊を組み、光のゲートを、次々と、通り抜けていく。
それは、機械の発進ではない。
深海の闇へと溶けていく、幽霊の艦隊だった。
やがて、最後の機体が、エメラルドグリーンの光の中に溶け、その先の、どこまでも深い、紺碧の闇へと、その姿を消した。
巨大なゲートが、再び、地響きを立てて、閉じていく。
ドックには、先ほどまでの静寂が戻った。
ただ、司令室のメインスクリーンに、台湾海峡の海図と、そこに蠢く無数の敵を示す光点だけが、静かに表示されていた。12の青い光点は、どこにも見当たらない。
カイは、ただ沈黙して、スクリーンを見つめていた。
歴史の、いかなる記録にも残らない、日本の「静かなる介入」が、始まった。
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