第10話:八百万の神々の胎動(3) 魂のインストールと覚醒
令化二十九年、秋。
横須賀の秘密ドックは、あの日の失敗の記憶が生々しく残る、重い緊張感に包まれていた。
だが、その空気の中には、以前とは違う種類の熱気が混じっていた。
山田社長率いる職人たちが、サクの要求に応え、X-0の全身に何百万個ものニューロモーフィック・チップを埋め込むという、気の遠くなるような「移植手術」を完遂させたのだ。今のX-0は、物理的にも「神経」を持つ獣へと進化していた。
再び、テスト水槽の前に、カイを始めとする開発チームが集結している。
その中心で、森田悟が、最後の作業を行っていた。彼の手の中にあるのは、サクが創り出したAI『アマテラス』のコアモジュール――すなわち「指揮者」が収められた、掌サイズの黒い箱。
彼は、それを、全身に張り巡らせられた神経網の中枢ポートに、慎重に、まるで神体を祀る神官のように、接続した。
「……インストール、完了しました。全身のチップとの同期、確認。全神経、正常に発火しています」
森田の声が、静かなドックに響いた。
カイは、司令卓のマイクを握り、短く、しかし、この国の運命を左右する言葉を、告げた。
「起動」
X-0の、漆黒の船体が、微かに振動を始めた。
前回のテストで悪夢のように鳴り響いた、モーターの非効率な駆動音は、全く聞こえない。
やがて、X-0は、ゆっくりと、水槽の中へと泳ぎだした。
その動きは、機械のそれではなかった。
まるで、眠りから覚めた、本物のイルカのように。
AI『アマテラス』が、その指揮下にあるモーター制御AI『タヂカラオ』に命じ、生み出される、力強く、そして、滑らかな「うねり」。それは、水という媒体を、完全に支配下に置いた、王者の泳ぎだった。
水槽の壁に近づくと、ぶつかることなく、生物のように、しなやかに身を翻して回避行動をとる。
その、生命感溢れる動きに、開発チームの誰もが、言葉を失っていた。
天野ミキは、自らが設計したハードウェアが、本当の命を宿した瞬間を目の当たりにし、その目に涙を浮かべていた。
その時だった。
ソナーマンの古賀が、ヘッドセットを外し、信じられない、という表情で、カイの方を振り返った。
「……おかしい」
その声は、驚愕に震えていた。
「モニターの映像では、尾びれが信じられないほどのパワーで水を打っています。水の塊が、後方へ力強く押し出されているのが、視えるようだ…。ですが、耳には、何も聞こえない。推進音どころか、船体が水を掻く、わずかな流体音すら…まるで、ハリケーンの無声映画でも見ているようです。……これは、幽霊です」
完璧なステルス性。
そして、知性を感じさせる、生物的な挙動。
それは、この場にいる全員の、想像を遥かに超えた、完成度だった。
カイは、モニターに映し出される、深海を支配する「獣」の姿を、静かに見つめていた。そして、その唇から、歴史の始まりを告げる言葉が、静かに紡がれた。
「――『零潜』、誕生だ」
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