第10話:八百万の神々の胎動(1) わがまま大王の美学
令化二十八年、晩秋。
東京大学、本郷キャンパス。夜の帳が下りた工学部の研究棟は、まるで巨大な墓標のように静まり返っていた。だが、その最上階の一室だけが、煌々と光を放っている。ヤマト・サクの聖域。その中心で、サクは、兄カイから送られてきた短いボイスメッセージを、もう何度目か分からないほど、繰り返し再生していた。
『――サク。遠国の魂は、話にならなかった。最高の器はできた。だが、魂がない』
『この獣に、魂を吹き込め。『うねり』と『静けさ』、この二つの力を完全に、そして自律的に調和させる、全く新しい国産の魂を創れ。お前なら、できるはずだ』
サクは、メッセージを止めると、目の前のホログラムスクリーンに視線を戻した。そこに映し出されているのは、『ヤタガラス計画』によって完全にリバースエンジニアリングされた、アトランティス合衆国軍の最新鋭AIの、恐ろしく複雑なアーキテクチャ図だった。世界の頂点に立つ、最高の知性。しかし、サクは、その完璧に見える設計図を前に、不機嫌そうにドーナツを頬張っていた。
「……これじゃあ、ダメだ」
彼の口から漏れたのは、非難や批判ではない。もっと根源的な、美意識に関わる拒絶だった。
「一つの脳が、手と足と皮膚と心臓の動きを、全部バラバラに命令してる。美しくない!」
彼の頭脳の中では、X-0が演じた、あの無様でぎこちない動きが再生されていた。脊髄モーターを力任せに駆動させ、共振の『ツボ』を見つけられない非効率な「うねり」。乱流を抑えるどころか、自ら騒音をまき散らす、破綻した「静けさ」。それは、別々の楽器を、無能な指揮者が無理やり一つに束ねようとして失敗した、不協和音そのものだった。
「違う。そうじゃない」
サクは、ドーナツの最後の一口を飲み込むと、立ち上がった。
「心臓の鼓動(共振)が、そのまま手足の動き(推進力)になり、皮膚の感覚(乱流抑制)と、自然に、思考する前に繋がる。そういう、一つの生命体じゃないと、ダメなんだ!」
兄カイが投げかけた「『うねり』と『静けさ』を調和させろ」という、詩的で、しかし極めて本質的な要求。サクは、その意味を、誰よりも深く、そして即座に理解していた。
彼が創るべきは、既存のAIの改良版などではない。
生命の定義そのものを、根底から書き換える、全く新しい「魂」。
サクは、ホログラムの設計図を、指先一つでゴミ箱のアイコンへとドラッグした。そして、真っ白になった空間に、新しいファイルを作成する。
その名前は、『アマテラス』。
日本の、そして世界の運命を乗せる、新しい神々の創造が、静かに始まった。




