第09話:深海の設計図(6) 遠国の魂、二つの破綻
数ヶ月後。
横須賀の秘密ドックは、異様な熱気に包まれていた。
職人たちの不眠不休の奮闘の末、ついに、奇跡のハードウェアが、その姿を現したのだ。
照明の中に静かに鎮座する、漆黒の流線形。全長約二メートル。まるで深海魚の皮膚のように、一切の継ぎ目がない、完全なシームレス加工が施されている。
プロトタイプ「X-0」。
「美しい」
天野ミキが、我が子を見るような目で、感極まったように呟いた。
山田をはじめとする職人たちは、腕を組み、満足そうな、しかしどこか誇らしげな顔で、自らの仕事の成果を見つめている。ハードウェアは完璧だった。
全員の視線が、ドックの隅でノートパソコンを開いている森田悟に集まった。
「やります」
森田は一言だけ言うと、『ヤタガラス計画』で完全にリバースエンジニアリングした、アトランティス軍最新鋭ドローンのAIを、X-0のメインコンピュータにインストールし始めた。
プログレスバーがゆっくりと進み、やがてインストールが完了する。
X-0の機首にある小さなセンサーライトが、青白く点灯した。
「動かしてください」
カイが静かに命じた。
ドックに併設された巨大なテスト水槽。森田がコンソールを操作すると、X-0は静かに水中へと沈んでいく。その動きは滑らかだ。
カイが「前進、巡航モード」と命令する。
X-0は一瞬、力強く動き出す。だが、すぐにその動きが、ぎこちなく、硬直したものに変わった。
司令室に、けたたましいアラートが鳴り響く。エネルギーモニターが、危険な数値を叩き出していた。
「ダメだ」
森田が、コンソールを叩きながら叫んだ。
「AIが、共振周波数、いわゆる『ツボ』を全く見つけられていない。脊髄モーターを、ただ力任せに駆動させてる。エネルギー消費率、危険領域。想定の三百十五パーセントだ」
さらに、ソナー担当の古賀が、ヘッドセットを抑えながら、苦痛に顔をしかめた。
「なんだ、この酷いノイズは。まるで、嵐の中にいるようだぞ。これでは、太平洋の向こう側からでも、位置を特定される」
「ピエゾ制御が、完全に破綻してる」
森田がキーボードを叩きつけ、悔しそうに結論づける。
「AIが、乱流を抑えようとして、逆にフィンの表面で無秩序な振動を起こして、自ら騒音をまき散らしてるんだ」
期待は、絶望に変わった。職人たちの魂の結晶であるX-0は、コンセプトとは真逆の、「大飯食らいで、うるさいだけの鉄クズ」と成り果ててしまった。
森田はコンソールの操作をやめ、吐き捨てるように言った。
「ハードウェアが先進的すぎる。一つの脳が全てを支配する、中央集権的なアトランティスのAIじゃ、この自律分散型のハードと思想が違いすぎる。遠国の魂じゃ、この獣は、到底乗りこなせない」
その言葉が、この「魂なき器」の本質を的確に表していた。
ドック内は、先程までの高揚感が嘘のような、重苦しい沈黙に包まれた。
最高の器はできた。
だが、それに宿るべき魂がない。
そのどうしようもない現実に、誰もが言葉を失っていた。
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