第09話:深海の設計図(2) 深海の獣
令化二十八年、秋。
横須賀基地の広大な敷地の、そのさらに地下深く。公式には存在しないはずの、巨大な空洞があった。かつて、旧帝国海軍が極秘裏に掘削した水中ドックの残骸。今は、ヤマト・カイが率いる非公式の研究開発チーム、「特殊戦術開発隊」の拠点となっていた。
湿ったコンクリートと、潮の匂いが混じり合う、薄暗く、静かな空間。その中央に鎮座するホログラムテーブルの青白い光だけが、集まった四人の顔をぼんやりと照らしていた。
ヤマト・カイ。
天才的な女性整備士、天野ミキ。
伝説的な耳を持つベテランソナーマン、古賀治。
神がかった腕を持つ天才プログラマー、森田悟。
カイは、同志として集めた三人を前に、自らが東大時代から十年近くも温め続けてきた、あまりに常識外れの無人潜水攻撃機の構想を、初めて打ち明けた。
「俺が欲しいのは、潜水艦じゃない」
カイの声は、静かだが、空洞の隅々まで響き渡るような異様な圧力を宿していた。彼は、ホログラムテーブルに、手描きで無数の数式やスケッチが書き込まれた、東大時代のノートのデータを投影した。そこに描かれていたのは、魚類と機械が融合したような、生物的なフォルムを持つ、漆黒の潜水艇だった。
「今ある兵器は、全てが過去の遺物だ。スクリューは騒音をまき散らし、己の居場所を全世界に叫んでいるに等しい。サーボモーターで動く関節は、その軋みを原理的に消すことができない。それでは、獣に見つかる前に、獲物に逃げられる」
彼は、集まった三人の目を、一人一人、射抜くように見つめた。
「俺たちの戦場は、万里がミサイルで支配するマージナルシーの海面じゃない。その下にある、誰にも支配されない深海だ。俺たちが創るのは、兵器じゃない。深海という絶対的な闇に完全に溶け込み、水流の気配さえ殺す、完全な『捕食者』だ。見つからずに、戦わずして、敵の戦う意思そのものを奪う、深海の『獣』だ」
天野と森田は、その常識を根底から覆す構想に息をのむ。古賀だけが、まるで面白い物語の始まりを聞く子供のように、わずかに口の端を上げていた。カイは、彼らの反応を確かめるように一瞬の間を置き、ホログラムテーブルに指を滑らせた。獣の心臓部が、青白い光の中に浮かび上がろうとしていた。




