第08話:プロジェクト・ヤタガラス(2) テルの招集
その数日後。
霞が関、経済産業省の地下にある、地図に記載されていない特別会議室。
三船や沖田をはじめ、日本の産業界を牽引する各メーカーのトップ技術者、そして経産省の若手官僚たちが、固い表情で席に着いていた。招集の理由は、明かされていない。ただ、「国家安全保障に関わる重要事項」という、漠然としたものだった。
部屋の空気は、JDMのオフィスと同じ、諦観と不信感で満ちていた。どうせまた、アトランティスからの無理難題か、あるいは、それを丸呑みするための、形式的な会議だろう。誰もがそう思っていた。
やがて、ドアが開き、一人の若い男が入ってきた。
歳は、三十にも満たないだろう。上質な、しかし何の変哲もないダークスーツを着こなしたその男の顔を、何人かは見覚えていた。数年前、彗星のように政界に現れ、その舌鋒で旧来の政治家たちを次々と論破していった、若き怪物。
与党国防部会長代理、大和テル。
テルは、静かに演台の前に立つと、集められた日本の知性の頂点たちを、一人一人、ゆっくりと見渡した。その瞳は、彼らの心の奥底まで見透かしているかのように、深く、そして澄んでいた。
「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」
第一声は、穏やかだった。だが、続く言葉に、その場にいた全員が、息を呑んだ。
「諸君、七年間、お疲れ様です。そして、ご苦労をおかけした。諸君らのその無念、憤り、そして心の奥底にある誇り、その全てを、私は知っている」
部屋の空気が、変わった。
技術者たちの目に宿っていた、諦めの氷が、ピシリ、と音を立ててひび割れる。この男は、自分たちの、誰にも理解されなかった苦しみを、知っている。
「アトランティスの非効率な設計思想。時代遅れの安全基準。そして、我々の提案をことごとく却下し、我々をただの組み立て工場として扱い続けた、彼らの傲慢。その全てに耐え、この国の産業を守り続けてくれた諸君に、私は、国家を代表して、心から感謝を申し上げる」
テルは、深く、頭を下げた。
それは、政治家が官僚や民間人に見せる、儀礼的なものではない。心の底からの、敬意と感謝が込められた、真摯な礼だった。三船も、沖田も、言葉を失っていた。
「だが」
顔を上げたテルの表情から、穏やかさが消えていた。そこにあったのは、国家の未来を賭けた戦いに臨む、指導者の顔だった。
「その屈辱の日々は、本日、この瞬間をもって、終わりにする」
「我々はいつまで、アトランティスの下請けで終わりたいのか? 私は、否と断言する。覇権国アトランティスと挑戦国・万里が、互いに睨み合い、消耗し続ける今この時こそ、我々にとって、千載一遇の好機です」
テルの声に、熱がこもり始める。
「我々は、GHQが押し付けたこの平和憲法を、呪うのではない。逆用するのです。憲法第九条を『盾』とし、我々自身を決して戦場とせず、その一方で、アトランティス軍の『兵站』を担うことで、失われた技術と、経済を、同時に、そして完全に、奪還する。これが、私の構想する**『非戦の兵站国家戦略』**の、骨子です」
諦めに凍てついていた男たちの心に、にわかには信じがたい、しかし、確かな情熱の炎が、灯り始めていた。
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