第8話:プロジェクト・ヤタガラス(1) 眠れる工場の溜息
令化二十七年、晩秋。
神奈川県、横須賀市。東京湾に面した広大な敷地に、その工場はあった。
日本ドローン製造、JDM第一工場。
かつて日本の造船業を支えた巨大なドックを改装して作られたその建屋は、表向きには、日遠相互安全保障条約に基づき、アトランティス合衆国軍のドローン生産を担う、日遠技術協力の輝かしい象徴とされていた。
だが、その内部に満ちている空気は、輝きとは程遠い、重く、淀んだものだった。
設計第三セクションの、広大なオフィス。最新鋭の設備とは裏腹に、そこにいる技術者たちの顔には、長年の諦観と、飼い慣らされた無力感が、錆のようにこびりついていた。
ガチャン、と無機質な音が響いた。
若き半導体エース、沖田英二が、データパッドを机に叩きつけんばかりの勢いで置いた音だった。彼の整った顔は、屈辱と怒りで歪んでいる。
「納得いきませんよ、三船さん! またアトランティスからだ! この制御チップの回路、明らかに冗長すぎる! 熱効率も悪い! 我々の光電融合技術を使えば、消費電力は半分に、処理速度は三倍にできるのに!」
沖田の憤然とした声が、静かなオフィスに響き渡る。数人の若手技術者が、共感するように頷いた。だが、ほとんどのベテラン社員は、またか、とでも言うように、顔を上げようともしない。
向かいの席で、黙々と古い航空力学の専門書に目を通していた老人が、ゆっくりと顔を上げた。
三船四郎。かつて日本の悲願であった国産旅客機の開発に携わり、そして、政治の力でその翼を折られ続けた、航空機産業の生き字引のような男だった。
「まあ、そう熱くなるな、沖田君。我々が『頭脳』を使うことを、連中が一番恐れているのさ。今に始まったことじゃない」
その声は穏やかだったが、その奥には、七年間――いや、七十年以上も煮詰め続けられた、深い諦観が滲んでいた。
「ですが! 俺たちの技術は、こんな非効率な設計の手直しのためにあるんじゃない!」
三船は、沖田の言葉を遮るように、静かに、しかし噛み含めるように続けた。
「……そう、今に始まったことじゃないんだ。昭納の時代からそうだ」
三船の言葉に、沖田だけでなく、周囲で作業していた技術者たちも手を止め、耳を傾けた。
「ビル風対策の塗料だと思って開発した『電波吸収材』は、いつの間にかアトランティスの見えない爆撃機(ステルス機)の皮膚になっていた。我々が釣り竿やゴルフクラブのために極めた『炭素繊維』は、彼らの戦闘機の翼になった」
三船は、自虐的に笑いながら、指を折って数えた。
「工作機械の精度を上げすぎれば、敵国の潜水艦のスクリュー音を消してしまったと、国際問題にまでなった。……いいか、我々はいつだって『平和利用』のつもりで作っている。だが、性能を突き詰めすぎた日本の民生品は、彼らにとっては涎が出るほど欲しい『兵器の種』なんだよ」
三船は、机の隅に置かれた、年季の入ったマグカップのぬるいコーヒーを一口すする。
「その流れが決定的になったのが、もう二十年以上前のウクライナでの戦争だった。覚えてるか? あの頃からさ、戦場で墜落したロシアやトルコのドローンを分解すると、決まってウチの国のカメラやモーターが出てきたんだ」
「全部、秋葉原のパーツ屋で誰でも買えるような民生品だぜ? それが、本物の軍用品並みに壊れないってんで、世界中の連中がハイエナみたいに買い漁りに来た。笑っちまう話だろ? 俺たちは平和な民生品を作っているつもりが、いつの間にか世界で最も信頼性の高い兵器部品メーカーになっていたのさ」
「だったら、なおさら、なぜ俺たちが主導権を握れないんですか! その技術があるなら…!」
沖田の純粋な疑問に、三船は、まるで出来の悪い生徒に歴史を教える教師のように、静かに首を横に振った。
「だからだよ、沖田君。だから、俺たちはこうなっているんだ。令化十八年にアトランティスと万里のドンパチが本格化して、連中は真っ先に気づいたのさ。『日本の民生部品は、敵に回すとあまりに厄介だが、味方にすれば最高の武器になる』ってな」
三船の目が、遠い過去を見つめていた。その瞳には、この国の「ものづくり」が辿ってきた、栄光と、それ以上の屈辱の歴史が、映し出されていた。
「だから令化二十年に『協力』という名の首輪をつけに来たんだ。俺たちにドローンを作らせる。その代わり、厳しい輸出管理法を事実上押し付けて、日本の高性能な部品が自分たちの許可なく海外に出ないように、完全に管理下に置いた。あれ以来、うちの会社の製品は、アトランティス軍の許可がなければ、中東の石油王にだって売れん」
沖田は、愕然として言葉を失った。自分たちの技術が、なぜ正当に評価されないのか。その答えは、あまりにも巨大で、政治的なものだった。
「俺たちは『世界最高の部品メーカー』から、アトランティス『専用』の組み立て工場に成り下がったのさ。それが、この七年間の現実だ」
三船は、そう言うと、再び専門書に視線を落とした。だが、その指先が、かすかに震えているのを、沖田は見逃さなかった。
老技術者は、静かに、しかし、心の奥底で煮えたぎるような怒りを込めて、呟いた。
「……いつまで、俺たちは他人のための鉄砲玉を作り続けるんだ…」
その言葉は、誰に言うでもない、独り言だった。
だが、それは、七年間溜まり続けた日本の技術者たちの、声なき心の叫びそのものだった。
オフィスは、再び、重い沈黙に包まれた。窓の外では、アトランティスの国旗をつけた輸送機が、次の「仕事」を運んで、ゆっくりと着陸態勢に入っていた。
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