第07話:三者三様の初手(5) 絶望の海へ
同じ頃、横須賀。
海上自衛隊の基地は、規律と、伝統と、そして、思考停止した空気に満ちていた。
ヤマト・カイは、その息の詰まるような閉塞感の中で、深い絶望を感じていた。
彼は、入隊以来、あらゆる訓練でトップの成績を収めていた。だが、彼の常識外れの能力と、物事の本質を突く鋭すぎる指摘は、前例と序列を重んじる組織の中では、ただの「異端」として扱われた。
その日、カイは、次期防衛計画に関する戦術会議に出席していた。
居並ぶ佐官クラスの上官たちを前に、万里の新型空母への対処法が、延々と議論されている。
「我が隊の潜水艦で接近し、魚雷攻撃を…」
「いや、それではリスクが高すぎる。アトランティス海軍との連携を前提に、空からの飽和攻撃を…」
議論は、第二次世界大戦から何一つ進歩していない、破壊と消耗を前提とした戦術論に終始していた。
カイは、我慢の限界に達していた。
「……よろしいでしょうか」
末席から発せられた、低く、静かな声に、会議室の全員が、訝しげな視線を向けた。
「なんだ、ヤマト三尉。何か意見があるのか」
主席の上官が、面倒臭そうに言った。
「はい。そもそも、なぜ我々は、敵の空母を『沈める』ことしか、想定しないのでしょうか」
カイの言葉に、会議室がざわついた。
「なにを馬鹿なことを言っている。空母は、敵の中枢戦力だ。沈めて、無力化するのが当然だろう」
「いいえ」
カイは、きっぱりと否定した。
「敵兵士の命を奪い、高価な艦船を海の底に沈める。それは、多大なコストと、政治的リスク、そして、何より、埋めがたい憎しみを生むだけです。我々が目指すべきは、敵の『破壊』ではありません。敵の『戦闘継続能力』を、血を流さずに、完全に奪うことです」
彼は、立ち上がり、ホワイトボードに、空母の簡略図を描いた。
「例えば、艦載機の発着を制御する、アレスティング・ワイヤーとカタパルト。この二つを、物理的に使用不能にすれば、この巨大な船は、ただの浮かぶ鉄の塊になります。通信アンテナを破壊すれば、指揮系統から切り離された、孤立した存在になる。我々が攻撃すべきは、船体や人命ではなく、その『機能』そのものです」
会議室は、水を打ったように静まり返った。
やがて、一人の上官が、嘲るように言った。
「……ヤマト三尉。君は、マンガの読みすぎじゃないのかね? そんな芸当が、現実の戦争で可能だとでも?」
別の上官が、呆れたように付け加える。
「そもそも、我々はアトランティス軍の『盾』だ。我々の役割は、敵の第一撃を受け止め、アトランティスの『槍』が到着するまでの時間を稼ぐこと。それ以上でも、それ以下でもない。独自の戦術など、百年早い」
その言葉は、この組織の魂が、【軍事の鎖】によって、いかに深く蝕まれているかを、残酷なまでに示していた。
カイは、それ以上、何も言わなかった。ただ、固く拳を握りしめ、自席に戻った。
彼の心には、震災の日、法律に縛られ、目の前の暴徒に何もできずに立ち尽くしていた、あの自衛隊員の無念の表情が、焼き付いていた。
この絶望の海を、内側から変える。
そのためには、まず、志を同じくする、真の「戦士」を見つけ出すしかない。
カイの孤独な戦いが、始まろうとしていた。
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