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第07話:三者三様の初手(4) 永田町という魔窟へ

 令化二十五年、十一月初旬。

 秋晴れの空の下、国会議事堂は、その白亜の威容を誇っていた。シンメトリーに徹した荘厳な建築様式は、見る者を圧倒する、国家権力の象徴。だが、その磨き上げられた花崗岩の壁の奥で、どれほどの欲望と謀略が渦巻いているのか、知る者は少ない。

 初登院するヤマト・テルは、赤絨毯が敷かれた中央階段を、一歩一歩、踏みしめるように上っていた。周囲には、同じように初登院の喜びを隠しきれない新人議員たちの、高揚したざわめきがあった。だが、テルの目には、彼らが見ているものとは、全く異なる光景が映っていた。

 彼の目には、見えていた。

 この、国家権力の中枢に、禍々しい幻影が、とぐろを巻いているのが。

 議事堂の天井から、無数の鎖が垂れ下がっている。

 財務省の方角から伸びる、重く、鈍い輝きを放つ【貨幣の鎖】。

 防衛省を雁字搦めにする、錆びついた鉄の【軍事の鎖】。

 霞が関の各省庁に絡みつき、その活力を吸い上げる、青と緑の【技術の鎖】と【資源の鎖】。

 そして、それら全ての根源となり、この議事堂の隅々まで、まるで赤い血管のように張り巡ぐらされている、【思想の鎖】。


「――ここが、怪物の心臓か」


 テルは、誰にも聞こえない声で呟いた。

 彼は、この巨大な怪物を、内側から喰い破るために来たのだ。そして、そのための、最も強力な武器であり、同時に、最も危険な猛獣使いでもある、藤堂善信という庇護者を、彼は手に入れた。

 廊下ですれ違った、比例復活を果たした城山派の議員たちが、聞こえよがしに囁き合う。


「あれが、噂の大和か…」

「城山先生をあんな汚い手で…。いつか、必ず報いを受けることになるぞ」


 テルは、その憎悪に満ちた視線を背中に感じながらも、表情一つ変えなかった。

 光と、影。味方と、敵。

 永田町という魔窟での、テルの表と裏の戦いが、今、静かに始まった。


---


第07話:三者三様の初手(5) 絶望の海へ


 同じ頃、横須賀。

 海上自衛隊の基地は、規律と、伝統と、そして、思考停止した空気に満ちていた。

 ヤマト・カイは、その息の詰まるような閉塞感の中で、深い絶望を感じていた。

 彼は、入隊以来、あらゆる訓練でトップの成績を収めていた。だが、彼の常識外れの能力と、物事の本質を突く鋭すぎる指摘は、前例と序列を重んじる組織の中では、ただの「異端」として扱われた。

 その日、カイは、次期防衛計画に関する戦術会議に出席していた。

 居並ぶ佐官クラスの上官たちを前に、万里の新型空母への対処法が、延々と議論されている。


「我が隊の潜水艦で接近し、魚雷攻撃を…」

「いや、それではリスクが高すぎる。アトランティス海軍との連携を前提に、空からの飽和攻撃を…」


 議論は、第二次世界大戦から何一つ進歩していない、破壊と消耗を前提とした戦術論に終始していた。

 カイは、我慢の限界に達していた。


「……よろしいでしょうか」


 末席から発せられた、低く、静かな声に、会議室の全員が、訝しげな視線を向けた。


「なんだ、ヤマト三尉。何か意見があるのか」


 主席の上官が、面倒臭そうに言った。


「はい。そもそも、なぜ我々は、敵の空母を『沈める』ことしか、想定しないのでしょうか」


 カイの言葉に、会議室がざわついた。


「なにを馬鹿なことを言っている。空母は、敵の中枢戦力だ。沈めて、無力化するのが当然だろう」


「いいえ」


 カイは、きっぱりと否定した。


「敵兵士の命を奪い、高価な艦船を海の底に沈める。それは、多大なコストと、政治的リスク、そして、何より、埋めがたい憎しみを生むだけです。我々が目指すべきは、敵の『破壊』ではありません。敵の『戦闘継続能力』を、血を流さずに、完全に奪うことです」


 彼は、立ち上がり、ホワイトボードに、空母の簡略図を描いた。


「例えば、艦載機の発着を制御する、アレスティング・ワイヤーとカタパルト。この二つを、物理的に使用不能にすれば、この巨大な船は、ただの浮かぶ鉄の塊になります。通信アンテナを破壊すれば、指揮系統から切り離された、孤立した存在になる。我々が攻撃すべきは、船体や人命ではなく、その『機能』そのものです」


 会議室は、水を打ったように静まり返った。

 やがて、一人の上官が、嘲るように言った。


「……ヤマト三尉。君は、マンガの読みすぎじゃないのかね? そんな芸当が、現実の戦争で可能だとでも?」


 別の上官が、呆れたように付け加える。


「そもそも、我々はアトランティス軍の『盾』だ。我々の役割は、敵の第一撃を受け止め、アトランティスの『槍』が到着するまでの時間を稼ぐこと。それ以上でも、それ以下でもない。独自の戦術など、百年早い」


 その言葉は、この組織の魂が、【軍事の鎖】によって、いかに深く蝕まれているかを、残酷なまでに示していた。

 カイは、それ以上、何も言わなかった。ただ、固く拳を握りしめ、自席に戻った。

 彼の心には、震災の日、法律に縛られ、目の前の暴徒に何もできずに立ち尽くしていた、あの自衛隊員の無念の表情が、焼き付いていた。

 この絶望の海を、内側から変える。

 そのためには、まず、志を同じくする、真の「戦士」を見つけ出すしかない。

 カイの孤独な戦いが、始まろうとしていた。

皆様の声援が、三兄弟の戦いを未来へと繋げます。この物語を多くの人に届けるために、皆様の力をお貸しください!(↓の★で評価できます)


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