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第05話 研鑽の十三年(3) 灰色の十三年



 一歩、門の内側に入ると、外の喧騒が嘘のように遠ざかり、空気が変わった。歴史の重みが、湿った土の匂いと混じり合い、三人を包み込む。

 彼らが歩んできた十三年間。それは、この国の誰もが、緩やかな死の予感を、日常の空気のように吸い込んで生きてきた、灰色の時代だった。

 テルは、目の前にまっすぐに伸びる銀杏並木を見つめながら、その時代の風景を、ありありと思い出していた。

 テレビをつければ、連日のように、万里の公船が日本の領海を我が物顔で航行する映像が、無気力なBGMと共に流れていた。海上保安庁の巡視船が、虚しい警告を繰り返すだけ。日本のEEZ内で違法操業を行う万里の漁船団に、日本の漁師がなすすべもなく引き返す。その悔しさを滲ませたインタビューに、国民は怒りよりも先に、深い無力感を覚えるようになっていた。ニュースのテロップには、


「万里公船による領海侵犯、年間300日を超える」


という数字が、もはや誰も驚かない、日常の風景として表示されていた。

 成田空港の出国ゲートは、この国の未来への絶望を象徴する舞台だった。優秀な若者たちが、次々と祖国を捨てていく。


「この国に未来はない」

「自分の研究を正当に評価してくれる場所へ行くだけです」。


彼らの冷ややかに言い放つ言葉は、国内に残された者たちの心を、静かに蝕んでいった。

 そして何より、この国の風景そのものが、癒えることのない絶望を物語っていた。震災で破壊されたインフラは、緊縮財政という名の病によって、ついに再生することはなかった。建設が中断され、巨大な橋脚だけが墓標のように立ち並ぶ高速道路。決壊した堤防が、破れた絆創膏のようにブルーシートで覆われたままの沿岸部。それらは「灰色の復興」という名の、終わりのない光景として、国民の日常に溶け込んでいた。

 その絶望は、日々のニュース番組の中で、冷たい数字となって国民に叩きつけられた。誰もが見慣れてしまった、国の死を告げる無機質なデータ。テレビ画面に映し出される、starkなグラフ。実質賃金を示す線は、頑なまでに右肩下がりを続け、それに反比例するように、若年層の自殺者数を示す棒グラフが、毎年、うんざりするほど高く伸びていく。かつて世界第2位を誇った経済大国の見る影もなく、一人当たり名目GDPの順位を示す世界地図の色は、年々褪せていき、アジアのライバル国に次々と追い抜かれていく様が、屈辱的に映し出された。

 そして、国家という共同体の、最も根源的な崩壊を示す二つの数字が、ニュースの最後に、まるで死亡宣告のようにテロップで流れるのだった。


「今年の新生児数、50万人を割り込む 統計開始以来最少」

「在留外国人、総人口の15%を突破」


 静かに消滅していく日本人という共同体と、その隙間を埋めるように増え続ける、社会から隔絶された移民たちのコミュニティ。かつて世界が賞賛した日本の美徳、「安全」と「信頼」は、もはや過去の神話となりつつあった。


「本当に、長い十三年だった」


カイが、誰に言うでもなく、呟いた。

 彼らが呼吸をし、成長してきた時代の、本当の空気の色。その重さを噛みしめるように、三人は、静かに、銀杏並木を歩き始めた。


皆様の声援が、三兄弟の戦いを未来へと繋げます。この物語を多くの人に届けるために、皆様の力をお貸しください!(↓の★で評価できます)


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