第04話 灰色の教室(4) 絶望のパズル
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その頃、父ハジメは、一人、執念の調査を続けていた。
彼の武器は、長年の研究者人生で培われた、物事の本質を見抜くための思考法そのものだった。
公開されている膨大な情報――国会の議事録、各省庁が発表する統計データ、過去の公共事業に関する入札情報、国内外の学術論文、そして海外の業界専門誌。それらの、一見無関係に見える情報の断片を、常人離れした集中力で結びつけ、一つの巨大な仮説を組み上げていく。それは、真実を求める者だけが行える、知の格闘技だった。
まず、あの防潮堤の決壊。彼は、過去十年間の公共事業予算の推移と、建設業界の資材価格のデータを照合し、驚くべき相関関係を見つけ出した。予算が削減されるたびに、設計基準ギリギリの安価な資材が使われるようになっている。
「財政規律の堅持」という言葉の下で、国民の命を守る最後の砦は、合法的に骨抜きにされていたのだ。
次に、大規模停電。彼は、震災後、技術者たちが匿名で情報交換を行うオンラインフォーラムに、一人の研究者として参加していた。そこで、電力会社の良心的な技術者たちの悲痛な叫びを目にした。
『長年の脱原発政策で、ベテランは引退し、若手は育っていない』
『再稼働させようにも、マニュアルを正確に理解できる人間が現場にいない』。
それは、内部告発ではなく、自分たちの無力さを嘆く、技術者たちの悲鳴だった。
ハジメの頭の中で、これまでバラバラだった絶望の光景が、一つの巨大で、禍々しいパズルのピースとして嵌っていく。
テルの瞳に映った、途切れた道路の絶望が、脳裏で閃く。道が一本ないだけで、助かるはずだった老婆の命が、無慈悲に失われた。それは、カイが目撃した無力な正義と、重なった。守るための力がありながら、見えない何かに縛られ、恩人たちが目の前で殺されていく光景。
そうだ、食料だ。我々は、家畜の餌を、涙を流して受け入れるしかなかったではないか。あの屈辱は、自ら食料を生み出す力を奪われているが故の悲劇だ。そして、サクがガラス越しに見つめた、あの小さな命の灯火。希望だと信じられていた太陽の光が溢れる中で、なぜ消えなければならなかったのか。違う、技術がなかったのではない。国家の『主役』であるべき安定した電力を自ら捨て去り、気まぐれな『脇役』に全てを委ねた、その致命的な判断ミス。ただそれだけの理由で、掻き消されたのだ。
最後に嵌ったピースは、あの土建屋のオヤジの、虚空を見つめる目だった。復興への善意が、カネの流れという絶対的な力の前で、無残に踏み潰される音を聞いた気がした。
一つ、また一つと、絶望のピースが音を立てて繋がっていく。
これらは、個別の不幸などではない。
偶然でもない。事故でもない。これは…意図的に、そうなるように仕組まれた、巨大な悪意の設計図そのものではないのか。
その恐るべき仮説にたどり着いた時、ハジメは、言いようのない恐怖と、それを上回る激しい怒りに、身を震わせていた。




