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第04話 灰色の教室(1)  飼い主の手

震災から、数ヶ月が過ぎた。

日本は、未だ巨大な余震の中にいた。物理的な揺れではない。食料とエネルギーという、国家の生存基盤そのものが根底から揺さぶられ続ける、静かで、しかし終わりの見えない揺れだ。物流網は寸断され、生産拠点は壊滅。国民は、日々の糧を得ることさえ困難な状況に喘いでいた。

避難所の古いテレビが、乏しい電力をかき集め、国際社会からの善意を繰り返し報じていた。


「…続きましては、世界各国からの支援のニュースです。欧州連合からは医療チームが到着。台湾からは過去最大規模となる義援金が寄せられています」


アナウンサーの淡々とした声が、重く澱んだ体育館の空気に響き渡る。


「北米大陸のアメリカ合衆国からは、貴重なカリフォルニア米が到着。被災者からは安堵の声が聞かれました」


画面が切り替わる。映し出されたのは、蒸し暑そうな港の映像。たくさんのコンテナを背景に、現地の作業員たちが汗を拭いながら、支援物資の袋を船に積み込んでいる。画面の隅に、地図とテロップが表示された。地図はアジア大陸の南東部、中国大陸の長江より南の地域から、インドシナ半島の北部までを赤く塗りつぶしている。

アナウンサーが続ける。


「また、アジアの隣国、中華人民共和国からは、毛布やフリーズドライ食品などが届けられています。南方の温暖な気候を反映してか、衣料品などの支援も多い模様です」

「一方、こちらは万里人民共和国からの映像です」


再び画面が切り替わる。今度は、雪を頂く雄大な山脈と、どこまでも続く広大な草原を背景に、災害救助犬と共に活動する屈強な兵士たちの姿だった。その兵士たちの腕章には、赤い星と龍を組み合わせたような、見慣れない国章が描かれている。

テレビ画面の隅の地図も更新される。先ほどの中華人民共和国の領域の、さらに北。中国大陸の長江あたりから、シベリアの東部までが、別の色で塗りつぶされた。その領域の中心を、まるで背骨のように、万里の長城が貫いていた。

テロップには、簡潔な説明が添えられている。

『万里人民共和国:中華人民共和国の北に位置し、かつての万里の長城を中心として広大なシベリア東部に位置するこの国は、その強大な国力を背景に、災害救助犬五十頭を派遣。国際社会への貢献をアピールしています』

それらの、それぞれの国ができる範囲での誠実な支援を、圧倒的な暴力で覆い尽くすかのような光景が、その翌日、日本の空に広がった。

「臨時ニュースです!南米大陸を拠点とする超大国、アトランティス合衆国が、原子力空母打撃群を日本近海に派遣!大規模な支援活動を開始しました!」


アナウンサーの声が、興奮に上ずる。

テレビ画面には、空を覆い尽くさんばかりのオスプレイや輸送ヘリが、次々と支援物資をピストン空輸する、圧巻の映像が映し出された。その物量、展開速度、何もかもが、他の国々の支援を霞ませてしまうほど、絶対的だった。

日本のマスコミは、その光景に一斉に熱狂した。


『救世主、来たる! 自由世界のリーダーによる最大級の支援!』

『やはり、我々の真の友はアトランティスだった!』


テレビには、アトランティスの国旗が描かれた支援物資の袋に、涙を流して手を振る被災者たちの姿が、感動的な音楽と共に映し出された。

だが、その数日後。

地獄の扉は、海の向こうから、何の脈絡もなく開かれた。

万里人民共和国の国営放送が、全世界に向けて一つのスクープ映像を配信したのだ。


『人道的支援の欺瞞――アトランティスは日本に何を与えたのか』


その衝撃的な見出しと共に映し出されたのは、アトランティスの支援物資の袋を、高解像度カメラで接写した映像だった。そこに、英語で、小さく、しかし明確に印字された一文が、大写しにされる。


『For Animal Feed Only』(動物飼料専用)


そのニュースは、瞬く間に世界を駆け巡った。

「JAPAN EATS ANIMAL FEED(日本は家畜の餌を食べる)」

という見出しが、各国のネットメディアで嘲笑と共に拡散されていく。

ヤマト・ハジメは、そのニュースを、避-所の片隅で見ていた。

そして、その夜。彼は、体育館の薄暗い片隅で、若い夫婦が幼い娘に食事を与えている光景から、目を逸らすことができなかった。母親は、アトランティスから配給されたトウモロコシの粉で、水のようなスープを作っている。


「ごめんね…ごめんね、ミカちゃん…。本当は、もっと美味しいもの、食べさせてあげたいんだけど…」


母親は、涙をこらえながら、スプーンを娘の口元へ運ぶ。父親は、その光景を直視できず、固く拳を握りしめ、唇を噛み締めながら、壁にかかったテレビを睨みつけていた。テレビでは、アトランティス大統領が

「我々は、偉大なる同盟国である日本国民と共にあります」

と、満面の笑みで演説している。

なぜ、こんな屈辱に、甘んじなければならないのか。

その答えは、ニュース画面の隅に、無機質なテロップとなって、残酷に表示されていた。


【震災関連失業者 200万人を突破】

【実質賃金、前年比マイナス5.8% 戦後最大の下げ幅】


ハジメは、戦慄した。

この国は、物理的な飢餓に苦しんでいるだけではない。

何か、もっと巨大で、見えない力によって、その精神そのものを支配されている。プライドも、尊厳も、全てを奪われた上で、飼い主に餌を与えられる家畜のように、扱われている。

そして、その事実に、多くの国民は気づいていながらも、抗う術を持たない。

見えざる悪魔が、この国に、確かに巣食っていた。






皆様の声援が、三兄弟の戦いを未来へと繋げます。この物語を多くの人に届けるために、皆様の力をお貸しください!(↓の★で評価できます)


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