第03話 理不尽な死(3) 道が殺した命
テルは、父ハジメと共に、行方不明になった商店街の知人たちを探して、避難所や遺体安置所を巡り歩いていた。鼻をつく死臭、絶え間なく響く嗚咽、壁一面に貼られた尋ね人の貼り紙。それは、九歳の少年が体験するには、あまりにも過酷な現実だった。
避難所に併設された救護所で、彼は、近所の診療所の若い看護師と再会した。彼女もまた、この地獄で医療活動を続けていたのだ。
その時、救護所の入り口がにわかに騒がしくなり、担架に乗せられた老婆が運び込まれてきた。
「重体の患者さんだ! 道を開けて!」
それは、紛れもなく、八百屋のおばあちゃんだった。
看護師は、自分の祖母を見つけたかのように駆け寄り、迅速かつ的確な判断で応急処置を施していく。
「バイタル低下! 内臓損傷の疑いがあります! 先生、今すぐ設備の整った基幹病院へ搬送すれば、緊急手術で助かります!」
彼女は、近くにいた医師に進言する。その声には、命を救えるという確信が満ちていた。
しかし、救急隊員から返ってきたのは、絶望的な言葉だった。
「ダメだ! 海沿いの国道は、津波で橋ごと完全に崩落してる! 基幹病院へ向かう道が、一本もないんだ!」
そのやり取りを聞いていた、市役所の防災服を着た職員が、壁を殴りつけ、悔しそうに顔を歪めた。
「……ああ、くそっ! もし計画通り、あの内陸バイパスが建設されていれば……!」
「『財政規律が第一だ』とか言って、国が予算を削らなければ、去年のうちには開通してたはずなのに……」
テルの頭の中で、何かが、音を立てて繋がった。
予算。道。命。
人の善意も、優れた医療技術も、ただ一本の「道」がないだけで、完全に無力化されてしまう。
看護師の懸命な処置もむなしく、おばあちゃんの容態はみるみる悪化していく。やがて、彼女は薄く目を開け、テルの姿を認めると、か細い力でその手を握った。
「……テル、ちゃん……弟くんに……トマト、もっていき……な……」
それが、最期の言葉だった。おばあちゃんの手から、力が抜けていく。
テルは、その光景を、涙も出せずに、ただじっと見つめることしかできなかった。理不尽だ。彼の心に、冷たく、重い怒りの塊が、静かに沈殿していった。
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