第03話 理不尽な死(2) 束の間の奇跡
震災から数日後。高台にあった中学校の体育館は、巨大な難民キャンプと化していた。床には段ボールと毛布で仕切られた無数の区画が並び、人々は虚ろな目で、ただ時が過ぎるのを待っている。空気は、消毒液の匂い、汗の匂い、そして、拭い去ることのできない死の匂いが混じり合い、重く澱んでいた。
濁流に呑まれ、奇跡的に三人一緒に助かったハジメとテル、カイ。彼らはこの数日間、離れ離れになった妻子の安否を求め、地獄と化した街を彷徨い続けていた。
その、時だった。
人垣の向こうから、信じられない、か細い声が聞こえた。
「あなた……!」
ハジメが、弾かれたように顔を上げる。声のした方へ、人をかき分けるようにして進むと、そこにいたのは、サクをその腕に強く抱きしめ、憔悴しきった顔で涙を流すシホの姿だった。
「シホ! サク! ああ、よかった……生きていて、くれたのか……!」
「お父さん!」
テルとカイも、その声に気づき、瓦礫と泥にまみれた姿で駆け寄ってくる。
一家五人が、体育館の真ん中で、一つの塊となって泣きじゃくった。互いの無事を、温もりを、確かめ合う。それは、地獄の中で起こった、まさしく奇跡の再会だった。
だが、奇跡は、そこまでだった。
喜びも束の間、一家は、この避難所が新たな地獄であることを思い知らされる。
配給される食料は、あまりにも少なかった。乾パン数枚と、水で薄められたスープだけ。誰もが常に、飢餓感に苛まれていた。
サクは、配られた乾パンを、ただじっと見つめている。そして、小さな声で母に尋ねた。
「おかーしゃん……ハンバーグは……?」
瓦礫の中で、母が約束してくれた、温かいごちそう。
シホは、言葉に詰まった。サクの純粋な問いは、この避難所の、いや、この国の残酷な現実を、何よりも雄弁に物語っていた。瓦礫の中で体験した絶対的な「欠乏」は、一個人の不幸などではなく、社会全体の現実なのだと、サクは、その小さな体で理解し始めていた。
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