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第02話 灰色の濁流(4) 濁流の中

 冷たい。

 暗い。

 息が、できない。


 濁流に呑み込まれたハジメの意識は、生存本能だけが支配する原始的な状態にあった。上下左右の感覚は失われ、ただ、無数の瓦礫が体を打ち据える痛みと、肺が張り裂けそうな苦しみだけが、現実だった。

 だが、その混沌の中にあって、一つだけ、確かな感覚があった。

 右腕に伝わる、テルの小さな手の感触。

 左腕に伝わる、カイのか細い腕の感触。

(絶対に……この手だけは、離すものか……!)

 それは、理性を超えた、父親としての本能の叫びだった。彼は意識が遠のく中、腕の中にいる二人の息子の感触だけを頼りに、ただひたすらに耐え続けた。


 テルの意識は、恐怖と混乱の中で明滅していた。冷たい水が口や鼻から容赦なく入り込み、思考を麻痺させる。八百屋のおばあちゃんの優しい顔、タナカ巡査の屈託のない笑顔、そうした幸福な記憶の断片が、走馬灯のように脳裏を駆け巡っては、濁流に掻き消されていく。


(死ぬ……のか……?)


 その時、父の腕が、信じられない力で自分をぐっと引き寄せるのを感じた。


 カイは、ただただ恐怖に震えていた。守られるばかりだった自分が、憧れていた父と、いつも先を歩いていた兄が、今まさに自分と共に死のうとしている。何もできない。自分の無力さが、骨の髄まで染み渡るようだった。

(ごめんなさい……ごめんなさい……)


 涙は、とっくに濁流と一体になっていた。


 その時、ハジメの体が、浮遊する巨大な瓦礫に激突した。それは、転覆した小型のフィッシングボートだった。彼は最後の力を振り絞り、その船底に体をねじ込み、腕の中にいる二人の息子を、必死で水面へと押し上げた。

 ゴボッ、と水面に顔を出したテルとカイが、必死に空気を求めて咳き込む。

 ハジメは、ボートの船底と水面の間に奇跡的にできた、わずかなエアポケットに息子たちを押し込むと、自らもそこに滑り込んだ。そして、ぷつりと糸が切れるように、彼の意識は暗転した。

皆様の声援が、三兄弟の戦いを未来へと繋げます。この物語を多くの人に届けるために、皆様の力をお貸しください!(↓の★で評価できます)


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