第02話 灰色の濁流(2) 脆い防壁
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道は、道ではなかった。
めくれ上がったアスファルト、散乱する瓦礫、そして、足元から絶えず伝わってくる不気味な余震。一家は、何度も足を取られ、転びそうになりながら、それでも必死に走り続けた。周囲からは、助けを求める人々の悲鳴や、幼子の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。しかし、誰もが自分の命を守ることに精一杯で、他者を助ける余裕など、どこにもなかった。
目指す高層マンションへと続く道を遮るように、巨大なコンクリートの壁が横たわっていた。地域一帯を津波から守るはずの、防潮堤だ。だが、その姿は無残だった。まるで巨大な手でひねり潰されたかのように、壁は至る所で崩落し、内部の鉄筋が錆びた骨のように剥き出しになっている。コンクリートの巨大な塊が、おもちゃのブロックのように無造作に転がっていた。
ハジメは、その信じがたい光景に足を止め、戦慄した。研究者としての彼の目が、その破壊の異常性を見抜いていた。
「ありえない……」
彼の口から、呻きのような声が漏れた。
「この程度の揺れで、この規模の防潮堤が、こんな壊れ方をするなんて……ありえない!」
彼の脳裏に、数年前に学会で見た堤防の設計図が浮かび上がる。そこには、今回観測された震度を遥かに上回る衝撃にも耐えうる、最新の耐震構造が採用されているはずだった。
「設計ミスか? いや、あの設計は完璧だった。ならば、手抜き工事か? まさか、この国の安全を根底で支えるインフラで、そんなことが……」
彼の目には、剥き出しになった鉄筋の太さが、設計図よりも明らかに細く見えた。コンクリートの断面に見える砂利の割合も、異常に多いように感じられた。誰かが、どこかの段階で、この国の安全を担保するはずの予算を削り、資材をケチったのだ。その結果が、この惨状だ。これは天災ではない。明確な「人災」だ。
「お父さん! 早く!」
テルの悲鳴に近い声で、ハジメは我に返った。今は、原因を究明している時ではない。
「ああ、すまん!」
彼は再び走り出す。だが、彼の心には、決して消えることのない、冷たい怒りの炎が灯っていた。誰かが、目先の「カネ」のために、この防壁に穴を開けた。そして、その穴から、今まさに死の濁流が流れ込もうとしている。この理不尽な構造の先に、巨大な悪意の影を感じずにはいられなかった。




