海の底の愚か者の末路
功と裕司の二人が岩場に向かう途中、またあの童歌が聞えてきた。
ーー
芽は出て 花は出ない
どうして 花は出ないのじゃ?
箱神様は何しとる?
ちっと通してくだしゃんせ
五つ星様は容赦せぬ
蜘蛛の張った罠を抜け
誰も通さぬ 参ります
行きはよいよい 帰りは怖い
怖いながらも
芽は出て 花も出る
ーー
そして微かに聞こえる子供達の笑い声。
それらを聞いた功は気になった事を聞いてみた。
「なあ裕司。この童歌って変じゃねえか?」
「そうか? 特に何とも思わんが」
「だってよ、芽は出るっつうのは分かるんだけどさ、何で花が出ねえんだ?
普通言うなら、花は咲かねえんじゃねえのかよ?
それに箱神様とか、五つ星様って誰の事だ?
聞いた事もねえぞ?」
「言われればそうだが、気にしたら負けだ!
所詮田舎の童歌だろ?
そんな事考えてねえで早く行こうぜ?」
「まあ、そうだな……」
功に微かに残った不安。
それを裕司の笑顔と酷暑から逃れ涼みたいという欲望が払しょくした。
そして、祖母からの忠告も忘れさせた。
そんな功は裕司と目的地である岩場に到着した。
まだ天気はどんよりとした曇りである。
だが、湿気を伴った暑さは功を海へと誘った。
功は次々と服を脱ぎ、そして持っていた財布とスマホまで手放したのだ。
そんな功はドボンッと岩場から海に飛び込んだ。
「ふぃーっ! やっぱここの海は気持ちいいな!」
「だろぉ? 暑い時はこの海に限るぜ!」
「そうだな! だけど、おふくろにまた愚痴られんな……」
「何でだ?」
「いや、だってトランクスのまま海に浸かったし……」
「ははっ! 全く功はつまんねえ事で考えるんだな!
嫌なら俺んトコ来いよ!
洗濯ぐらいなら出来るし、何ならいつまでもいてもいいんだぜ?」
今の裕司は功にとって神に見えた。
太陽を遮る曇りの日において後光が差したように見えたのだ。
「裕司。お前って奴は本当にいい奴だな!
「ははっ! そんなにおだてても何にも出ねえぞ?
そんな事より、もっと深くに潜ろうぜ!
ここらでも鮑とか栄螺とか取れるんだぜ!」
「マジで!?」
「おうよ! 俺が案内すっから言ってみっか?」
「行く行く!」
功は裕司に誘われ、海の深い処まで潜った。
そう、光が届かない暗い暗い海の底まで潜って行った。
素潜りだったがそこは祖母の海女の血のせいか、深く潜る事が出来た。
そして、功に負けないぐらい裕司も深い海の底へ潜る事が出来、
さらに裕司は栄螺や鮑を次々と取っ手いったのだ。
それから岩場に上がった功は裕司が収穫したものを動画に収めながら話した。
「裕司、お前凄いな!」
「うんあ? 何がだ?」
「いや、その栄螺とか鮑の事だよ!」
「ああ、これの事か! こんなのコツさえ分かれば簡単なんだぜ?」
「本当か!? 教えてくれよ!」
「いいぜ! じゃあ行こうか!」
「お、おうよ!」
そして功は裕司に続いていった。
空はどんよりとした曇り空。
そして、先程より深い海の底にいる功にはあの童歌はもう聞こえない。
ーー
めは出て はなは出ない
どうして はなは出ないのじゃ?
箱神様は何しとる?
ちっと通してくだしゃんせ
五つ星様は容赦せぬ
くもの張ったワナを抜け
誰も通さぬ 参ります
行きはよいよい 帰りは怖い
怖いながらも
めは出て はなも出る
ーー
微かに聞こえた子供達の笑い声。
それは愚かな者に掛ける別れの言葉となった。
そんな事を知らない功は裕司に続き暗い海の底を泳いでいた。
その暗い海の底では何とか裕司の姿が見え、
その裕司はごそごそと海藻の中に手を入れているようだった。
すると、何かを拾い当てた裕司はそれを功に差し出してきた。
勿論、功はそれを受け取った。
だが、その裕司を見た功は顔が引き攣ってしまった。
何故なら、その裕司の顔は功の顔だったからである。
その顔を見た功の体は固まり動けなくなる。
すると、功の顔をもった裕司だったものがにたりと笑って何かを絡ませてきた。
そう、それはあの時生暖かい風が首に絡んだように功の首を徐々に絞めつけて行った。
いや、あの長い髪の女がにたりと笑い、自身の髪を使い功の首を絞めているみたいだった。
あの女……。いつの間に俺に憑りついていやがった!?
逃げなきゃ殺される!!
功は無我夢中で泳ぎ、海の上を目指した。
功から出た小さな泡たちと海面を目指す功。
すると、海面が見えた。
そして、功の周りにあった小さな泡達は功より先に海から出て行く。
あと少しだ!
それまで俺の息、続いてくれ!!
そう願った功の目の前で弾けていく小さな泡達はすぐ傍にあった。
海の上はすぐそこだった。
功は曇天の空が写る海面に手を伸ばす。
そして、功は海面に写る雲をつかんだのだ。
だが、その手にあの女の長い髪が絡まってきた。
それは指先まで絡まり、功の全ての動きを停める。
そう、呼吸までもだ……。
苦しむ功はまたあの女の長い髪から海の底へ引きずられて行った。
だが、それは女の長い髪ではなく裕司だったものの額に巻かれている長い鉢巻の尻尾だった。
そして、無情にも小さな泡達は功を置いてどんどん海の上に顔を覗かせていく。
それを海の底で見た功の意識は遠のいた。