無表情クール女子を照れさせたくて頑張ってたら、逆に押し倒されました。
「なあ、氷室。君って照れたりしたこと、あるか?」
廃部寸前の2人きりの文芸部。俺のそんな問いに、氷室 澪はいつも通り無表情だった――。
「ーー突然、何を言ってるの…」
氷室は、相変わらず無表情のまま俺へ問い返した。
「ほら、氷室っていつもクールで、それでいて無表情でさ。
照れたりすることってあるのかなーっと思ってな」
うちは暇なので、俺たちはたまにこうして何気ない話をして時間をつぶすことが多い。
まあ、氷室から話を振ってくる事はほとんどないが…
「照れたこと…そうね」
彼女は少し考えてから、
「ないわ。生まれてから1度もね」
驚く事を言った。
「生まれてから1度も!? いや、流石にそれはないだろう。
子供の時に多少はあるはずじゃないか?」
信じられずに氷室が言った事を聞き返す。
「ないわ。子供の時からね。
覚えが一度もないから」
当たり前のようにそう言う彼女に、
「………」
俺は少しだけもんやりとした思いにかられた。
完全に俺のおせっかいだが、彼女にも一人の女の子らしく照れるような経験がないのに少し寂しく思ってしまったからかもしれない。
「何だか納得していない顔ね。
それならこういうのはどう?」
氷室は一呼吸おくと、
「今から、あなたが私に何をしてもいいから照れさせてみたら…?」
「えっ…?」
彼女は無表情のままとんでもない事を言った。
「暇つぶしにはちょうどいいんじゃない?
貴方も私の照れた姿が見たいのでしょう…?」
普段はそういう事はめんどくさがる氷室が珍しい事を言う。
「まあ、そのぐらいのお遊びだったら確かに面白そうだけど…
でも何をしてもいいは流石にどうなんだ…?
俺が無茶な事をしたらどうする気だ」
「構わないけど何をしても。
だって貴方にそこまでの意気地があるとは思えないから」
「………」
図星だがそう言われたらより一層、彼女を照れさせたくなってきた。
「さあ、私を照れさせてみたら…?」
氷室は挑発するかのような物言いをする。
――だが実際、何をしてでも彼女を照れさせるというのは至難の業だろう。
一体どうしたものか…。
よし、まずは正攻法でいくか。
俺は氷室の前へ立ち、頭をそっと撫でた。
「氷室はいつも美人だな…」
そんな事を言いながら、頭を優しくなでる。
俺と氷室の仲ならこのぐらいはしても大丈夫だろう。
「……髪が乱れるから止めてほしいんだけど」
一蹴された。
な、ならばもっと強めのでいくか…
「くっ…まだこれからだ」
一つ、策を考えた。
これが彼女に果たして効くかどうか…
「氷室…ソファの隣の壁の前に立ってくれるか?」
「分かったわーーこれでいいかしら」
彼女は言われるままソファの隣に立つ。
「ああ、構わない」
そして俺は氷室が立っている壁の隣に――
ドンッ!
壁に手を押し当て、
「氷室、俺はお前の事が好きだ…!」
真剣な眼差しを向けそう呟いた。所謂、壁ドンというやつだ。
これなら多少は氷室の気持ちも揺らぐのでは…
「そう…ありがとう」
しかし、彼女は先ほどと変わらず顔色一つ変えず、全く動じていない。
「………」
参ったな…これでダメとなると他に思いつくのがない…
やはり俺には彼女を照れさせるのは無理なのか…?
「これでもう、手札は尽きたの…?
ちょっと、がっかりしたかな。
生まれて初めて照れるっていう感情を味わえると思ったから…」
彼女の言葉に何とか他の方法は…と思うものの全く思い浮かばない。
…やはり俺では彼女を照れさせるのは到底無理だったのか――
「くっ…仕方がない…俺の負けーーうわっ!!」
その時だった。右足が床につるりと滑った。足がもつれひっくり返りそうになる。
俺は慌てて態勢を取ろうと傍にあったものを掴んだ。
――氷室の腕だった。
俺はそのまま体制を崩しソファに倒れこんだ――氷室に覆いかぶさりながら――
「………!」
彼女も急な事だったので対処出来なかったのかそのまま俺の下敷きになってしまう…。
――数瞬の間、俺は今どうなっているか分からなかった。氷室は無事か…!?
現状を把握しようとすると俺の両手と身体に温かな感触が宿る。
俺はどうやら両手で彼女の両腕を掴んでしまったらしい。
その上、彼女の真上にいる。
しかも、よく見ると目の前には少し驚いた表情をした氷室の顔があった。
「氷…室……大丈夫か…?」
俺は氷室の間近でそう尋ねる。
すると彼女は――
「……………ぁ」
ほんのりと、微かに分かる程度、顔を朱色に染めていた。
多少ではあるが表情も恥ずかしそうにし俺を見つめている。
胸越しに氷室の心臓が早鐘のように鳴っているのがかすかに伝わる。
そんな彼女の事を見ていたら、
「…可愛いな…氷室…」
初めて彼女が恥ずかしそうにしてる顔を間近で見て自然と声に出た。
「〜〜ッ!!??」
すると彼女の顔がどんどん紅潮していく。
「…な…な……」
真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせる氷室を間近で見る日が来るとは思わなかった。
胸越しに伝わる彼女の鼓動がより一層と早くなる。
そんな氷室がどうしようもなく可愛いらしく見えてしまう。
「本当に…可愛い…」
また自然と声に出てしまった。
「……っ!」
彼女は俺の言葉を聞くや否や顔を真っ赤にしながら目線を逸らしてしまった。余程恥ずかしかったのだろうか。
「……そ…その……
……は…早くどいてほしいん…だけど……」
彼女は目線を逸らしたまま声をしぼるようにして言った。
――その言葉で俺はようやく冷静になる。
「あ、ご、ごめん!! 氷室!!」
俺は両手を彼女の腕から離し、すぐさまソファから退いた。
「本当にごめん…!!」
彼女はソファから起き上がり座ると、こちらとは別の方向へ顔を向けた。
わずかに見える彼女の頬はまだ顔が赤いままだった。
とんでもない事をしてしまった…
先ほどまでの感情は吹っ飛び、彼女へ対しての罪悪感だけが残る。
「別にいいけど…。
何をしてもいいと言ったのは私の方なんだし…」
彼女は顔を背けたまま俺へ告げる。
「まさか…私がこんな事で恥ずかしがるとはね…」
彼女は独り言のように言う。顔が見えないのもありその心情までは察せられない。
「氷室…その…」
俺は何といっていいのか分からず言葉を考えていると――
「…一つ、勘違いしないでほしい事があるんだけど…」
相変わらず彼女の顔は見えないままだが氷室は話を続ける。
「私が誰に押し倒されても、頬の色を変える女だとは思わないでちょうだい…。
これは…その…あなただから起きたというか…」
そう言う氷室に対し俺は一言だけ返す。
「それは…分かった」
「そう…。
それ以上、無粋な事を言わないのはあなたの長所ね…」
この場所から微かに見える氷室の頬はまだ赤いままだ。
今はそっとしておくのがいいか、と思った時だった。
「ねえ…ソファの隣に座ってくれる…?」
彼女にそんな問いをかけられた。
「え? どうして…」
「いいから…」
妙な事を氷室に言われ、
「あ、ああ、分かった…!」
即座に俺はソファの隣へと座った。
「座ったぞ。これでどうすれば――」
すると突然、彼女はこちらを振り向き俺の両腕を掴んだ。
「へっ…?」
間の抜けた声が出てしまう。
そのまま俺はソファに押し倒されてしまった。しかも彼女が覆いかぶさる形でだ。
…先ほどまでと逆の状態になってしまった。
「形勢逆転ね」
そう彼女は呟く。
普段なら、こんな事は絶対にしない彼女が押し倒してきたのに驚いた。
氷室の顔が再び目の前にあるだけで、今度はこちらがドキドキと胸が高鳴ってしまう。
「……あなた、顔真っ赤ね…」
彼女は不敵に笑う。
――だが、
「…そういう氷室も顔が赤いままだぞ」
そう指摘すると――
「……とりあえずは……引き分けね」
彼女はまだ顔を赤くしながらも、そう呟いた。
-終-
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