なんで!?なんで!?どうして!?悪いのは誰?誰なの?
「乙女ゲームの主人公は正義を語り続けてはいられない」は、
毎週 水曜・土曜 20時に更新します。
それでも。
そうだったとしても。
私はこの姿を認めたくないっ。
私はカーディル様に認められるほどの容姿なのよ!
その私が矯正具なんてする必要ないはずなのよっ。
「きょ、矯正具って…」
「ドレスを着た時に美しい体付きにする為のお道具です。
ソフィア公爵夫人候補がお眠りに合っている間に採寸して、
発注しておきました。
直ぐに出来上がると思いますので楽しみにしていてください」
淡々と。
そして当然の様に言ってきたメイドさん達。
そんな…
うそ…
うそでしょう?
これだけコルセットで苦しいのにそれ以上の何かを身に付けろって言うの?
そんな事、出来る訳無い。
納得できないで拒否しようとしている事に気付いたのかメイド達は、
ひそひそと何かを話し合っているみたいだった。
けれどその声とは関係なく今日のドレスを用意した針子さんが、
ヤレヤレと言った形で私に現実を突きつけてきた。
「ソフィア公爵夫人候補は美しくドレスを身に付けなければいけません。
これは公爵家の公爵夫人となる者の義務です。
ですがその美しさの基準を満たす事が出来ないのですから、
矯正具を身に着けて体をお直しするのは当然でしょう」
「なお、す」
直すって何よ!
当然て、そんな事出来る訳無いでしょう!
だってっ!だってっ!ドレスって言うのは、
女性を輝かせるために着るのよ?
美しく着飾って男性に褒めて貰う為に身に着ける物なのよ!
その輝かせるドレスを着るのに体を合わせろだななんてっ!
本末転倒じゃない!
可愛い女の子の為のドレスがそんな苦痛あふれる大変な物なんて絶対ダメ!
そんな事になったらどんなに苦しくてもドレスを着なくちゃいけなくなる。
そんな事は駄目よ。ダメなのよ!
女の子が美しくなって嬉しい。
綺麗になって楽しくて嬉しいっ!
ドレスはそう言った素敵で楽しい物のはずじゃなくちゃいけないのに!
「そ、そんな事しなくたって、ドレスを着られる様に直せば良いじゃない!」
簡単な事。
だって学園で着たドレスは、
いつだって楽しくて自分を可愛く美しくしてくれる素敵な物だった。
ちゃんとした素敵なドレスがあるのにっ!
それを着ればこんな苦しい想いをしなくたって華やかかドレスを楽しめるのよ。
けれど、私のそんな心の叫びは届かない。
それどろか、明らかにメイドさんに針今さんそれに侍女さんは顔を歪めた。
それは明らかに私を睨み付けていてその場にいる全員の視線が、
一気に注がれたのが解ってしまう。
私はおかしなことは言っていない!
こんな私に似合っていなくて苦しいだけで美しくないドレスを着る位なら、
さっさと私を可愛く美しくするためのドレスを作ってよ!って思っちゃう。
けれど、ドレスの事を一番知っている針子さんと、
きっとこのドレスを用意した侍女さんの態度は苛立ちを覚えている様にすら、
見えて来ていたの。
私はおかしなことは何一つ言っていないのに。
「何を馬鹿な事を。ドレスの大きさは決められているのです。
それを着られないからなんて理由で、
補正する事など許されるはずが無いでしょう」
「用意されたドレスの大きさに合わせて体を用意するのが公爵夫人の役目です。
これは代々ボルフォード公爵夫人となったお方が守り抜いてきた、
由緒だだしい「伝統」であり、公爵家の誇る「美しさ」の証なのです。
それを「着られないから」なんて理由で変更する事なんて許されませんよ」
頭から血がサーッと下がって行くような気がして来た。
で「伝統」って、こんな苦しいドレスを着る為にどれだけキツイ矯正具が、
用意される事になるの?
美しい姿になる為に、これから体を用意しなくちゃいけないって…
努力するってそう簡単にスタイルは変えられないわよっ!
そ、そんなの無理っ無理よ!
だって、だって侍女さんや針子さんが言っているボルフォード公爵夫人の体って、
カーディル様のお母さまの着ていたドレスでしょう?
公爵夫人と私は身長こそ同じ位だったけれど、
あの細い腕もスッと括れた腰も美しい撫で肩も何一つ私は持っていない。
基本が違い過ぎるのよ?そう簡単にあんな風ににはなれないわよ…
私はボルフォード公爵夫人のドレスを思い出して更に絶望しかなかった。
確かにボルフォード公爵夫人のドレス姿は美しかった。
けれど私があの姿になる事はできない…
「それにドレスのサイズが国が決めた正式な事ですよ。
そのドレスを着られなければ社交界にデビューすることも許されません。
厳しい決め事があるのです。
ソフィア公爵夫人候補?
アナタはまだ公爵夫人としてカーディル様の隣に立てる資格がない事を、
しっかりと理解しなければいけません」
「あ、う・・・」
立てない?カーディル様の隣に立つ事が出来ない?
そんな事、そんな事っ。私とカーディル様は愛し合っているのよ。
それなのにこんなルールの所為で立てないなんて。
そんな。
そんな事。
どうして?
それは唐突に突き付けられた公爵家と国のルールだったの。
初めて知って今の私には直ぐにクリアー出来るようになるほど簡単な、
ハードルではなかったの。
学園で公爵令嬢との繋がりなんてなかったし。
公爵令嬢がどんな制服を着ているかなんて気にもしていなかった。
そもそも学園では公爵夫人として立ち振る舞う事も許されない平等だったから。
そんな事は知らなくて当然だったのよ。
私はボルフォード家に迎え入れられて喜んでいたのだけれど、
お着換えをする事一つとっても実は大きな決まりごとがあったって事を、
今初めて知ったのだった。
で、でも私はカーディル様の隣に並んで立つためには、
それ位の事は我慢時なくちゃって改めて思ったの。
だって私はカーディル様の為にも、
美しい公爵夫人にならなくちゃいけないんだから!
そうやって「美しい公爵夫人」の基準を聞いて、
そしてもう一度私は自分の姿を見たのよ。
それはもう座っていられなくて、立って姿見の前に全身を写そうとして。
た、立ったら少しはまともな姿に見えるかなって思って、
椅子から立ち上がろうとして、また現実を知る事になるの。
「ぐえ」
「その様な声を出すのは、はしたないですよ公爵夫人候補」
潰され過ぎたお腹周りは前屈みになろうとすると、胃が圧迫されたかのような、
気分になって吐き気を覚えてしまったの。
体内で潰れるところが無いからと、潰された場所が胃袋辺りだったのか―――
物凄い吐き気が襲ってきて、思わず声にしてしまったのだけれど。
もちろんそれを聞かなかった事にしてくれるメイドさん達はいなかったの。
私の「はしたない」行いを見るたびに周りのメイドさん達の眉間に、
しわが更に深くなっていくのが解って…
私はいたたまれない気持ちになってくるの。
けど、けどね。
私の公爵夫人候補生活はまだ始まったばかりなのよ。
こんな苦しいドレスを着たのも初めてだしっ!
きっと馴れればボルフォード公爵夫人と同じ様に優雅に振舞う事が出来るのよ!
だから今は、今はね…
そう自分に良い気かせて必死になって立ち上がったら、
「いぐぅ…」
また声を出してしまうの。
括れはほとんどないけれど、
それでもズシリと腰にのしかかる重たいスカート。
あまりの重さによろけそうになる程度には重たかったの。
その上、腰のくびれに乗るって事はそれだけでコルセットの締め付けが、
何故かきつくなってきて更に呼吸が苦しくなってくるの。
なんて?どうしてそうなるの?
立っただけで更に息苦しくなるなんておかしいよ!
これくらい膨らんだスカートを履くのは初めてじゃないっ。
何が違うの?同じスカートでしょう?どうして…
学園で同じくらい広がるパニエを着て歩いた事は何度もあった。
だから想像していた重さって言うのがあって、
けど腰にトンって乗せられた形で、腰に食い込むような事なんてなかった。
ふわりとスカートは持ち上がるって思い込んでいたのよ…
だって学園で来たドレスは何時だってそのくらいの重さだったのよ?
それが今はズシリと腰にのしかかって学園で着たドレスの3倍?
いいえそんなもんじゃ済んでないっってくらい!重すぎる。
重すぎると同時に足元に無数に絡みつく布の塊が感じられるの。
その纏わりつく布が邪魔で碌に歩けそうもないように感じて…
「な、なに?このスカートの中?」
「どうしたのですか?公爵夫人が身に着ける「パニエ」を、
着けているだけですよ。
動いている途中でスカートが型崩れを起こす事は公爵家の恥ですからね」
それはスカート中。足首辺りまで伸ばされドレープのたくさんついた、
立体的なスカートを美しく見せる様に仕上げる為だけに作られた、
無駄にスカートの先まである布の塊が仕込まれたパニエだった。
ぎっしりとスカート中を布で満たしてしまえば、
スカートは形を崩さないという事で準備された物だったの。
夜会が始まれは一番初めから最後まで抜け出せない会場で、
「お国の為」に「目」光らせ続けらくてはいけない公爵夫人は、
よほどの事が無ければ会場から離れられない。
衣装を直す時間はないのだからテーブルや殿方にスカートが当たって、
形が乱れたとしても整える時間は作れない。
だから乱せないドレスが与えられるって事だった…
もちろん重さは考えられないほど重くてこんな物を身に着けていたら、
まともに歩けない。
足を動かして歩く度体に響く小さな衝撃でこの重たいパニエは、
私のお腹を更に圧迫してきた。
それだけでもう息が続かない。
ただ歩くだけなのに…
私は息を止めて足を動かさなくちゃいけなくたってたのよっ!
足に纏わりつく布も邪魔でまともに足を動かすスペースを作るのなら、
足の前辺りのスカートを手で持って持ち上げてあげないと、
まともな歩幅で歩く事も出来なかった。
それでもなんとかスカートを掴んで私は数歩だけ歩いて…
もう一度、姿見に写る姿を見直す事にしたのだけれど。
何もっ、何も変わらなかった。
脹らんだ肩から首元までのラインも。
突っ張って変形したパフスリーブも。
寸胴で括れの見えない腰のラインも。
歪に膨らんだ腕の太さも。
醜くて無様な公爵家のドレスを纏ったソフィア・マリスだった。
で、でも、まだまだこれからだって。
私は自分を奮い立たせていた。
今日は初めてだもの。
これからもっとしっかりとした公爵夫人になれば良いんだもの!
けれど私の前に立ちふさがる「公爵夫人」として認められる壁は、
とても大きくて簡単に超える事の出来ない高さに作られていたの。
私が「公爵夫人」というモノがどういった存在なのかを、
正しく理解するのはまだ先だった。
さて、ソフィアにとって楽しい時間は終わりを告げました。
ボルフォード領の館に着いてしまいましたからね。
優しく迎え入れられるのは、まだソフィアの優秀な令嬢というメッキが、
剝がれていないからです。
ドレスを着るだけでそのメッキも見事にはがれつつありますが。
愛しい男性の為に頑張ると心に誓って始まる教育…
を、受けるより先に体型が駄目だという事を思い知ってしまった、
ソフィアはこの公爵夫人用ドレスを身に着けられるまで、
腰を絞られ続けます。
乙女ゲームの主人公である普通の女の子の体型は「普通」なのです。
実はかわいい顔をしているという設定もありますが。
健康的で普通の体なのです。もちろん綺麗なスタイルですが。
その綺麗なスタイルが「王国の求める美しさ」と同じと限りません。
高位貴族の女性のドレスは「豊かさの象徴」なのですか。
他国の貴族に見せるドレスは「働けないほど病弱」な姿が望ましいのです。
女性を着飾り美しく愛でる余裕があり、
こう言った女性でも高位貴族と結婚できるほど我が国は豊かなのだ。
そう無言で表現するために体は細ければ細いほど美しいとされます。
その為に異常なほど括れた折れそうな腰やか細い腕なのです。
「我が国は国は豊なのだ!手を出したら痛い目を見るぞ!」
と他国に見せつける為。
他国の侵略を防ぐため。
王国の見栄の為に「ろくに動けず働けない」様に見える姿で、
ゴージャスな格好をする事が求められ続けるのが高位貴族の奥方の役割です。
そしてボルフォードはそういった奥方の手本となるべく
服飾産業をまとめ上げている上に王家公認のドレスメーカーです。
式典用の貴族のドレスのほとんどがボルフォード製なのです。
学園の中と外では文字通り貴族の世界は理想とされる姿から違うという事でした。
ソフィアはそういった意味でかなり苦しい体ですね。
その他にも撫で肩になる様にとか足さばきを覚える為の物とか。
コルセットや矯正具を身につけ続ける事が決定するでしょう。
さて彼女は何日耐えられるでしょうか?
ユルユルだった楽な服がいきなり締め上げられる服を常時着用にされたら、
普通は耐えられません。
息苦しくて直ぐにも脱ぎたくなるでしょう。
もちろん王城に呼ばれたからドレスを作ると言って行った仕立て屋で、
ソフィアは体のサイズをくまなく調べられています。
そこからギリギリまで締め上げられるように、
ソフィアの着るドレスは調整されてしまいました。
それでも公爵夫人のドレスを着るのには腰は太すぎで肩の位置も高すぎなのです。
悪役令嬢であったエルゼリアが何年も身に着けさせられつ付けて、
全身を歪ませながら作り上げた体に、
ソフィアはカーディルと結婚式を挙げるのであれば合わせなくてはいけません。
仮にも公爵家の結婚式ですから指定された場所で。
もちろん王族も参加します。
「お国の為」の公爵夫人になれているかどうかを王家も確認される訳ですから。
連鎖的にソフィアは追い詰められていくのです。
王城にはもう「公爵夫人候補」としてしか上がれませんから。
国王陛下との面会の為にも一刻も早く公爵家のドレスを、
着れる様になる必要があるのですが本人は勿論気付いていません。
解っているのは公爵家を支える侍女と家令それにドレスを作る針子やメイド。
現ボルフォード公爵夫人に近ければ近いほど焦っているでしょうね。
しかし事態は彼等の想像の上を行きます。
本家にお迎えする次世代の公爵夫人が何も理解できていない唯の男爵令嬢なら、
まだマシです。
来たのは正義と自分の正しさを信じ続けるマナーも出来ない、
ドレスすら着せる事が出来なくて体裁さえ繕えない。
何もできない「ソフィア」だったのですから。