なんでなんでなんで?どうしてこんな差を見せつけられるの!
「っぁっぁ」
本が乗せられたカートの重さに耐えられなくなって、
ガクンと体が崩れ落ちそうになる。
けどその度に腕が締め上げられ折れそうな…
ミチミチって肉が裂けるような音が体からして激痛が走るのよ。
それで痛くて体をそれ以上下げられなくて…
我慢して体を持ち上げるのよ。
カートを壁で持ち続ける時間だけがずっと続くの。
重たい…
座りたい…
いつもはカートに繋がれているって言ったって移動の時だけ。
ボルフォード公爵夫人の所にお食事を運ぶだけなの。
だから長くたって30分程度で済むのに…
今日は、午後からずっとカートに繋がれたまま。
立ったままなのよ。
体は疲れてきてカートの重さに耐えられなくなりつつあるのに…
せめて、座りたいって思っても…
もう限界で腕が捻られる痛みに耐えて座ろうとすれば今度は、
―ガツン―
「ぅっぅっ」
首に嵌められたチョーカーが体を落とす事を許してくれないの。
カーテンの閉まった窓越しの外を見ても日の光が入ってくる量は減っていて、
薄暗い部屋が更に暗くなっていくのを感じたのよ…
それはエルゼリアのお見送りにしては時間がかかりすぎて。
けれど、なんでこの応接室で繋がれたまま放置されているのか。
私には変わらなかったのよ。
けれど日が落ちて真っ暗になった頃、
私ももう限界でガタガタと震え始めているのよ。
足が痛い…
手がもう「カート」を掴んでいられない…
指先に力が入らない…
けれど手首に巻かれた革のベルトは私が手を放す事を許してくれないのよ。
だ、誰でも良いの。
私を助けて。助けてよ!
自然と視界が歪んでポロポロと目から何かか零れ落ちているのを感じたのよ。
「ぁっ…ぁっ…」
私、そんないけない事をしたの?
そんなにダメなの?
こんな壁際に繋がれて変なカートを持たされて。
苦しい矯正具だって着ているのよ。
コルセットだって苦しいけれど身に着けてる。
両足を細くしないといけないって。
痛いけれど我慢して矯正具を身に着けているのに。
重たいパニエを身に着けてスカートも美しく広がるようにもしたわ。
そのスカートを引きずらない様にハイヒールだって我慢して履いた。
上半身だって綺麗になる様に腕を下に引っ張って、
パフスリーブを綺麗に広げる為に整えているのよ。
無理矢理だけれど固いバスク型の矯正具で体の形だって整えた。
体のラインだって美しくなってきているはずなのよ。
お屋敷に来て3カ月近く休みなく毎日よ。
毎日我慢してやっているのに…
でも…
ここまで苦しい想いをしても…
それでもあのエルゼリアには叶わない。
エルゼリアは綺麗だった…綺麗だったのよ。
学園で見ていた時より数段輝いて見えた。
いいえ。
数段なんてレベルじゃなかった。
別人と言ってしまえるほどの差があった。
その佇まいと雰囲気だって明らかに違って理想の御令嬢だって思えるの。
ああなりたい。
なるべきだって。
思えるほどの差。
負けた。
絶対勝てないし追いつけないって思えるほどに。
こんなはずじゃなかった。
私は公爵家に嫁いでカーディル様に愛されて…
皆に愛されて楽しい生活を送るはずだった…
来る日も来る日も苦しいコルセットと矯正具に苦しめらる日々なんて…
カートに繋がれて歩かされ椅子に固定されながら資料を覚える日々。
そのおぼえなくちゃいけない資料がまた私のカートの上に山積みされて。
私を愛してくれるはずの、助けてくれるはずの…
学園で私を支援してくれた、支えてくれたあのカーディル様はもういない。
さっきのエルゼリアを見ていた視線は、
愛されていた時に私に向けられていた視線とおなじだったのよ。
もうこのお屋敷に。
ボルフォード家に私に話を聞いてくれて、
苦しいって訴える私を見てくれる人はいないって事なの?
そ、そんなはず…無いわよね?
わ、私頑張っているのよ?
認めてよ。
私をど力を誰か認めて!
―ガツン―
「ぁっ…ぁ…」
部屋に響くのは私の擦れた小さな声と、
私を立たせ続けるチョーカーに繋がったフックと鎖。
エルゼリアを叩こうとした両腕は枷を巻かれ持ち手を掴む以外の事を、
絶対にやらせて貰えない。
力を込めても―――
―ギギュチ―
手枷から虚しく軋む音を出すだけ。
きつく手首を締め上げるそれが、
私の現実だって叩きつけられていて誰も嘘だって言ってくれない。
ミチミチ音を鳴らして抜け落ちそうなバスクに寄り添わされた両腕と、
腰を形作り撫で肩を強要してくる矯正具に締め上げられて、
なお美しい形にならない、似合わなくて重たいボルフォード公爵夫人と同じ、
デザインのドレスが私の体に纏わりついてきているのよ。
3ヶ月間着せられ続けた見慣れたドレスの形。
体の形をドレスに合わせなければ「美しくならない」着用者を選ぶドレス。
けれどそんな概念を撃ちやぶれるほど綺麗に仕上げられた。
学園で着た事のある面影を残したドレス。
エルゼリアの着ていたドレスは…刺繍は…煌びやかで美しかったのよ。
「1人の女性を極限にまで輝かせるとこうなるの」
そう無言で見せるけられたみたいな姿で、あの応接室のエルゼリアの周囲だけは、
エルゼリアの為の場所になっていたのよ。
いいえ。
着飾ったエルゼリアが周囲にそう印象付ける様に見せていた。
魅せられる魅力を放っていたのよ。
そして、その繊細に彩られた空間を乱さない様にする為の、
エルゼリアに「尽くす人」さえ、用意されて整えられていたのよ。
あの場にいたエルゼリアとそのメイド。
後ろにいた騎士も思い起こせばエルゼリアの為にただ立っている様に見えて、
しっかりと、エルゼリアを守る様に動いていたと思う。
実戦を経験した跡なのか、細かい傷が付いた鎧に、
けれど主の盾となる為に用意された左腕についていた盾は、
何時だってボルフォード公爵夫人とエルゼリアの間に、
割り込ませられる様に構えていたように見えるのだもの。
そしてエルゼリアが座った隣に腰かけていたメイドは、
深く腰掛けて背凭れに体を預けたエルゼリアのスカートの形が乱れない様に、
自然と整えるために手を動かしていたし―――
そうされると解っていたエルゼリアもその動きに合わせて、
腰をカウチに下ろしていたのよ。
それからも膝の上に掴んでいた大きい扇子の飾り紐が、腕に絡まない様に、
手をそっと添えて。スカートの上に置いたのよ。
そのメイドの仕草と、そうやって補助してくれるって解りきった姿が、
私のお世話して貰うべき正しい公爵夫人としての在り方なのよ。
眼前に広がっていたあの理想の姿と、
理想のメイドの在り方を見せつけられた私は、
どうして私がそうなっていないのか?
どうして私が苦しいままなのか―――
比べずにはいられないのよ。
私がこうありたい。
こうあるべきと、想い考えていた世界が…
私の繋がれた場所の向こう側にある事が許せないのよ。
許せない筈なのよ。
けど…
―そろそろ諦めた方が良いんじゃない?―
―もうソフィアにあの現実は訪れないわよ―
そんな…
そんな事、な、いよ、ね?
ない、よ…
「ぁっぁ…」
けれど私の体が。
私の姿が。
その考えが正しいと証明して来ていて。
公爵家で日を追うごとに悪化し続ける私への扱いの悪さ。
使用人達の落胆が形になって表れているみたいで。
私は3カ月間頑張ったのよ!
精一杯頑張り続けたのよ!
認めてよ!誰でも良いから認めて下さい!
その日その時その瞬間…
私の中で何かが擦り切れたのよ…
もう…
もう私にとって幸せな未来は来ない。
カーディル様は私だけを愛してくれない。
カーディル様は私を助けてくれない。
私が努力してもカーディル様は私を認めてくれない。
そう、理解しなくちゃいけなかったのよ…
「ぁっぁぁ…ぁっぁ…」
嫌よっそんなの嫌!
愛して…私を愛して。
お願いします。お願いしますカーディル様。
私を愛して。
私を助けて。
もう、涙が止まらなかった。
ずっと考えてきたけれど、考えない様にして来た事。
もうカーディル様の心は私に向いていないって現実。
けれど…
そこが始まりでしかなかった。
私はやっと「公爵家」と言う籠に閉じ込められたって事を知る事になるのよ。
ふわっとして、ランプに明かりが灯って部屋の中が一気に明るくなるの。
そして私を教育している3人の侍女が入ってくるのよ。
私はやっと解放されるって。
学習室に戻れるって思ったのよ。
3人に連れ出されて学習室に連れて行かれて、
そこで学習の続きをする事になるんでしょ?
解っているわよ。
もう、今日はそれだけで嬉しいって思えるのだけれど。
けれど…
彼女達は私に近づいて来ないの。
部屋の中心にあったカウチを私の左右に私に向く方向に向かって、並べて
豪華な椅子を一脚私の前へと置いて、その椅子の前にテーブルも置かれたのよ。
私を中心に円を描く用に置かれた椅子はこれから何が始められるのか。
解りたくなかったの。
けれど。
二人の侍女が部屋の入口の扉へ向かって、もう一人が隣接するお部屋から、
お茶の準備をしたカートを押してくるのよ。
侍女達の手によって部屋のレイアウトが整えられれば、
扉が開かれて入ってくるのはもちろんカーディル様とボルフォード公爵夫人。
その二人に今私は絶対に会いたくなかった。
だって、あのエルゼリアを間近で見て思わない事は絶対にないと思ったから。
私と見比べるって思ったから。
けれどもうそんな事は言っていられなかったのよ。
公爵夫人は立派な扇子を持って。
あのエルゼリアと対峙したドレス姿で私の前に立つの。
その姿は明らかに怒っていたのよ。
ここからは毎日20時~20時30分投稿に切り替えます。
悪役令嬢は何もしない本編とリンクしている部分が始まるので、
その物語が始まる前に一応の完結まで投稿してしまうつもりです。
よろしくお願いします。




