どうして公爵夫人になる私がわざわざ「挨拶」をしなければいけないの?
「乙女ゲームの主人公は正義を語り続けてはいられない」は、
毎週 水曜・土曜 20時に更新します。
その入り口から入ろうとして…
侍女達は何も言っていない私が、何かを訴えたかのような態度を取るの。
私の顔に耳を近づける態度を取って、
私の言葉を聞き取ったかのような態度で。
けれど勿論私は何も喋っていないわ!
「え?そうですか。
そうですよね!流石ソフィア・ボルフォード公爵夫人候補です!」
「私達もその意見に賛同致します!」。
「正式な公爵夫人なってしまったら、
頭を下げる事だって難しくなりますものね!」
大声で食堂内に届くように喋られた言葉は、
そう言った侍女達は私を食堂入り口の目立つところに立たせたのよ。
もう、疲れているのよ…
これ以上ここで何をしろって言うのよ?
さっさと食べて自室に連れて行きなさいよ!
「これからお世話になる皆さんに挨拶したいのですものね!」
「ええ。ここで挨拶いたしましょう!」
は?挨拶って何?
これから挨拶って?
この格好で頭を下げて挨拶ってもうお腹が痛いのよっ!
お辞儀をするのも今はキツイの!
けど侍女達は、まるで何かを演劇を見せるかのようなしぐさで、
私に食堂の入口で待機させるの。
それはまるで酒場の給仕係がお客を迎え入れて挨拶するみたいな形だったわ。
私が挨拶したいから予定もあるけれど侍女達に無理を言ってその場に居座る。
みたいな形で、私の「我儘」を聞いた侍女達が仕方なく、
場をセッティングするみたいな事になっていたのよっ。
食堂の入口に私を立たされた私はそれから、
使用人達に挨拶する事になっちゃったの!
もうそんな余裕ないのに何をっせるのよ!
食堂の入口で未来の公爵夫人候補が挨拶するとなれば、
使用人達だって無視して通り過ぎる訳にはいかないから、
1人1人、私目の前に立って私の顔を見ながら、
「〇〇です。以後お見知りおきを」って言って頭を下げるのよ。
それにお返事するように声を掛ければ良いんだけど今の私は喋れない。
だからその代わりに、これからお世話になるのだからって、
深く深く頭を下げる事を求められ続けたのよ!
お腹の前で手を重ね合わせた待機の姿勢を取らされた後に、
腕は掴まれたままケープに仕込まれた隠しスリッドから手を入れられて、
私の背中は軽く押されるの。
上半身の矯正具はそれだけでバランスを崩して、
体が前に倒れてしまおうとして。
けれど今は両腕に力を籠められれは前へは進めないから、
私は体を前に倒してお辞儀してしまう。
けれどその瞬間、息が吸えなくなるから・・・
苦しくなって必死になって、
体を起こそうともがく事になるのよっ!
何なのよ?挨拶なんて今じゃなくても出来るでしょ?
私は苦しいって言ってるのよ!それなのにっ!
もう表情を作る余裕なんかない!
儀礼的にふてくされて苦悩した様な表情で頭を下げ続ける時間が続いたのよ。
そして食堂から人がいなくなった時点で、やっと食堂に入って夕食…。
「ご立派でしたねソフィア・ボルフォード公爵夫人候補。
貴女のそのイヤイヤ挨拶しているって表情は、
使用人達にしっかりと覚えられたでしょうね」
「…ええ。とっても不服そうで、使用人を下に見ている表情でした。
きっと明日には、碌でもない公爵夫人候補が来たと広がる事でしょう。
もう公爵夫人候補の評価は最悪でしょうね」
え?
なに、それ?
必死にお辞儀をして手早く終わらせようとして私は、
使用人達の顔なんて見ていない。
さっさっと何処か行きなさいよって勢いで事務的に処理していただけよ!
それに使用人を見下すなんて、そんなこと考えてもいないわ!
誰だって大切な仲間じゃないっ。
私はそんな事考えていないのに!
「まぁしてしまった事は、取り返しがつきませんから・・・
次回は使用人達から信頼を得られる様に頑張って下さいましね」
「ええ…皆未来の公爵夫人がどんな人物に仕立て上げられるのか、
楽しみにしているのですから」
仕立て上げられる?楽しみ?
なんなの?何なのよ!私の言う事は聞かないくせに、
なにを勝手私の事を言っているのよ?
カーディル様に言いつけてやる!
言いつけてっ!
「さぁ、ソフィア・ボルフォード公爵夫人候補、お食事を始めましょうか」
それで、食堂で食べると思っていた私の考えとは裏腹に扉付きの隣の個室に、
私は更に移動させられたの。
その部屋は、お食事をする部屋として一応整えられていたけれど、
用途は全くの別にあるって私でも解ってしまった。
食料の一時貯蔵庫の一区画を整えた場所でしかなかったのよ。
貴婦人がお食事をするような場所ではなくて…
平たく言えば、「汚れても良い場所」でしかなかったのよ!
それって私は全くマナーが出来ないって言われているみたいでっ、
これでも「学園」を貴族として卒業しているのよ?
学園でパーティーだって何度も参加しているのに、
マナーの一つや二つ出来ない訳ないじゃない!
私を下に見るのもいい加減にしなさいよ!
けれどその私の感情とは裏腹に侍女達は私を用意していた、
テーブルの前に連れて行き私から手を離したのだった。
スッと距離を取る侍女達。
その瞬間…
えっ?ッと思ったのもつかの間、私の体はその椅子から滑り落ちたのよ!
スルリと滑り落ちてそのままへたり込む形となったのよ!
ぽふっと軽快な音を立てて私は椅子とテーブルの間に嵌りこんでいる様にも、
見えてしまっていた。
そんな姿を見て呆れた表情を侍女達は見せるのだ。
「ソフィア・ボルフォード公爵夫人候補?
貴女は、大人しく椅子に腰かける事も出来ないのですか?」
それは、それはっ!
私の着せられているドレスがっ!
初めて特別性だって自覚させられた事だったのよ。
そう、座ろうと椅子に腰を下ろそうとしただけで…
その場に置かれていた食堂用の背凭れのない丸椅子は、
コロリと転がってしまったのよ―――。
それは矯正具とスカートの中を満たし続けるパニエの生地の所為だったのよっ!
身に着けさせられた、矯正具の背中側は無駄に長く作られていたみたいで、
スカートの半分くらいまで、背中側で伸びていたのよ!
スカートを汚さない様に!守るみたいに!
その上でスカートの中を満たしているパニエが「軽い」椅子を跳ね飛ばして、
しまっていたのよっ!
軽い椅子はコロリと転がってもちろん私がその椅子を立て直す事は叶わない。
学習室の立派な背凭れ付きの重たい椅子なら問題がないのだけれど、
軽い食堂におかれた背凭れのない丸椅子なんかだと、
スカートと背中から延ばされた革の矯正具が潰れなくて、
椅子を跳ね飛ばしてしまうのよっ!
普通なら、侍女やメイドに椅子を引いて貰って椅子に座るのだから、
スカートが潰れるまで椅子を抑えていてもらえばいいのだけれど、
ここにある丸椅子じゃ、背凭れも無いから椅子を抑えていて貰う事も出来ない!ここには私が座れる椅子は、一脚だってなかったって事なのよ!
丁寧に整えられた食堂の隣の部屋。
私一人がお食事を出来る様に整えられた様に見えるだけのっ!
ただの見せ掛けでしかない!
侍女達は私をここに連れて来るだけ連れてきて、
それでいて、お食事を食べさせるつもりは無かったって事だったのね!酷い!
私の事を何だと思っているのよ!
未来の公爵夫人なのよ?その私にこんなことして良いと思っているの?
私はこの茶番に付き合わされたことに対して明らかに怒った態度を、
取ろうとして…けれどその侍女達の茶番はまだ終わっていなかったのよっ!
その睨みつけた表情に侍女達も気付いたのか…
「え、ええ!そうですよね!
解りました。ではお食事はお部屋まで自分の手でお運びになられたいと!」
「そうですね!給仕のメイドだって疲れているでしょうから、
もう休んで頂いた方が良いですものね!」
もう意味が解んない!
ガチャリと入口の扉が開かれて連れ出されれば、
そこには不思議なカートが通路に用意されていたのよ。
明らかに物を運ぶ以外の用途が込められて作られたそれは…
綺麗に彫刻が掘られた上流階級のお茶会にも使われそうなカート。
大き目のタイヤが取り付けられているから、多少の草村であっても。
走破する事が出来そうな頑丈さもありそうだった。
白く塗られたそのカートはまだどこも汚れていなく、
全く使われた状態はない未使用品に見えるのよ。
けれども、ただのカートには絶対見えない上に「使用人」が使う物にしては、
明らかに余計な物が付いていたのよっ!
その「カート」は何かを「持ち運ぶ事」が目的ではなくて違う役割があって、
作られた事が明確に解る物が取り付けられていたのよ!
綺麗に綺麗に仕上げられた「カート」は、誰の物?
誰が使う事になる物?
そんなの…
「これはソフィア・ボルフォード公爵夫人候補が、
お茶会を開催する時に使用する、特製のカートなのです。
少々気が早いかも知れないですけれど何時かは必要になる物ですから。
少しでも長く使って、使い慣れて置かなければいけませんね?」
「公爵夫人として、何時かは王族のお相手をする事になるでしょう?
その時に、物を持ち運ぶために使われる伝統ある物なのですよ」
「本番で失敗しない様に、今はトレーニング器具付きになっています!
早速使ってみましょうね!」
トレーニング機器。って言ってるけれど…
それは…それは!