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チャプター8:決行の夜

 ついに、運命の金曜日がやってきた。


 学校の授業なんて、まったく頭に入らなかった。時計の針がやけに遅く感じる。窓の外はどんよりとした曇り空で、まるで僕たちの緊張を映しているみたいだった。


 放課後、僕たちはいつもより早めに秘密基地に集まった。それぞれの顔には、期待と不安が入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。


「…本当に、大丈夫かな」

 カノンが、ぽつりと言った。彼女は今日、いつもより口数が少ない。


「大丈夫だって!ボイス!」リコが彼女の肩をポンと叩く。「練習通りやれば完璧だよ!それに、デンパのボイスチェンジャーもあるし!」


 ゼロ(デンパ)は黙々と最終チェックを進めている。パソコンのモニターには、いくつものウィンドウが開かれ、グラフやコードが並んでいる。彼が修理した古いトランスミッターは、かすかなうなり音を立てていた。


「デンパ、準備は?」僕が聞く。

「…たぶん、問題ない。あとは、タイミングだけだ」

 デンパはモニターから目を離さずに答えた。


 僕たちの計画は、深夜0時ちょうどに放送を開始すること。町が寝静まった頃を狙う。放送時間は、最初のテストも兼ねて、5分だけ。


「よし、時間まであと3時間か…」

 僕は壁に貼った作戦計画表を見ながら言った。「各自、最終確認。アンテナは外の見張り、頼むぞ。ボイスは原稿の最終チェック。デンパは機材のスタンバイ。俺は全体の指示と、万が一の時のためのバックアッププランを確認する」


「了解!」

「…分かった」

「うん…」


 それぞれが持ち場につき、最後の準備に取りかかる。

 秘密基地の中は、奇妙な静けさと緊張感に包まれていた。


 時間は、あっという間に過ぎていく。

 外はもう真っ暗だ。雲が厚く垂れこめていて、月も星も見えない。


 午後11時50分。

「キャプテン、外は異常なし。人通りもほとんどない」

 窓から外をうかがっていたリコ(アンテナ)が、小声で報告する。


「よし」僕はうなずく。「デンパ、回線ジャック、開始できるか?」

「…いつでもいける」

 デンパはヘッドセットをつけ、キーボードの上に指を置いた。


「ボイス、ブースへ」

「…うん」

 カノン(ボイス)は深呼吸を一つして、カーテンの向こう側、簡易スタジオへと入っていく。マイクの前に座る彼女の横顔が、カーテンの隙間から見えた。


 午後11時59分。

「デンパ、カウントダウン開始」

「…了解。回線ジャック、実行。5…4…3…2…1…」


 デンパがエンターキーを叩くと同時に、パソコンの画面表示が切り替わった。

『SYSTEM OVERRIDE COMPLETE. BROADCAST LINE OPEN.』

(システム制御完了。放送回線オープン。)


 成功した…!

 僕たちは息をのんだ。


「ボイス、スタートだ!」僕がマイクに向かって指示を出す。


 カーテンの向こうで、ボイスが息を吸い込む気配がした。

 そして、ボイスチェンジャーを通した、少し機械的だけど、それでも確かにカノンの意志がこもった声が、スピーカーから流れ始めた。


『…こんばんは。夜更かししている皆さん。突然お邪魔します。私たちは、スピーカーズ』


 秘密基地に設置した小さなスピーカーから、自分たちの声が流れている。なんだか不思議な気分だ。


『今夜は、私たちスピーカーズの記念すべき、第一回目の放送です。ほんの短い時間ですが、お付き合いください』


 ボイスは、練習通り、落ち着いて原稿を読み上げていく。

 アンテナが集めてきたアンケート結果に基づいた、「中学生が選ぶ、この町のマジでヤバい場所ランキング」。ちょっと毒舌も交えながら。


『第3位は、駅前の放置自転車!あれ、マジで邪魔だよねー。どうにかなんないの?』

『第2位!まんげつ公園の、夜になると不気味に光る、あのヘンな顔みたいなオブジェ!あれ普通に怖くない?子供泣くって!撤去希望!』


 僕とアンテナは、思わず吹き出しそうになるのをこらえた。デンパも、口元がほんの少しだけゆるんでいるように見えた。「まんげつ公園」のオブジェは、僕たちにとっても子供の頃からのトラウマみたいなものだったからだ。


 そして…

『そして、はえある第1位は…やっぱり、あの夕方に流れる演歌!あれ選んでるの誰!?センス、昭和すぎ!頼むからもっとマシな曲にして!』


 ボイスが最後の言葉を言い終える。

 放送時間は、ぴったり5分。


「デンパ、回線切断!データ消去!」

「…了解」

 デンパが素早くキーボードを操作し、パソコンの画面から、放送に使ったデータが完全に消去された。


 僕たちは、顔を見合わせた。

 静寂が部屋を支配する。


「…やった?」アンテナが、恐る恐る言った。

「…ああ」僕はうなずく。「やったんだ」


 成功した!僕たちは、本当に町内放送をジャックしたんだ!


「うおおおおおお!」

 誰かが叫んだのをきっかけに、僕たちは思わずハイタッチを交わした。

「やったー!」「成功だ!」「すげえ!」

 興奮と達成感で、胸がいっぱいになる。


「ボイス、最高だったよ!」アンテナがカーテンを開けて、ブースから出てきたボイスに抱きつく。

 ボイスの顔は紅潮し、目には涙が浮かんでいた。

「…うん、やったね…!」


 デンパも、珍しくかすかに笑みを浮かべていた。

「…まあ、上出来だ」


 僕は、スマホを取り出して、匿名で作ったスピーカーズのSNSアカウントを開いた。

 そして、一言だけ打ち込む。


『聞いた? #スピーカーズ』


 送信ボタンを押すと、すぐに反応があった。


『今の放送、何!?www』

『うちの町だけ?ガチで流れてたんだけど!』

『まんげつ公園のオブジェ、マジで怖いよなw 言ってくれた!』

『演歌disるの、勇気ありすぎw でも激しく同意!』

『スピーカーズって誰だよwww』


 コメントが、次から次へと表示されていく。

 数はまだ少ないけれど、確実に、僕たちの声は届いていた。


「…見てみろよ、これ!」

 僕がスマホの画面をみんなに見せると、また歓声が上がった。


 僕たちの小さな反乱は、確かに始まったんだ。

 この灰色の町に、ほんの少しだけど、ノイズを響かせることができた。


 これからどうなるんだろう?

 バレるかもしれない。怒られるかもしれない。

 でも、今はそんなことどうでもよかった。

 僕たちの胸には、世界を変えられるかもしれない、そんなとんでもない可能性と、熱い興奮だけが満ちていた。


 僕たちは、顔を見合わせて笑った。

 秘密基地の窓の外では、厚い雲の切れ間から、ほんの少しだけ、星がのぞいていた。

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