チャプター2:灰色のスピーカー
― 3週間前 ―
なまぬるい風が、開けっぱなしの教室の窓から吹きこんでくる。
午後の授業。古典の先生が、ねむたくなるような声で何かを読み上げているけど、僕の耳にはほとんど入ってこなかった。
僕、神谷湊は、ほおづえをつきながら窓の外をながめていた。
視線の先にあるのは、校庭のすみっこに立つ、古びたポール。そのてっぺんに取り付けられた、灰色でカッコわるいスピーカー。町内放送用のスピーカーだ。
夕方になると、決まって演歌か、どうでもいいお知らせが流れてくる。
「火の用心をお願いします」とか、「迷い犬を探しています」とか、「おじいさん、おばあさん、健康体操の時間ですよ」とか。聞いているだけで気がめいるような、退屈な音だ。何も変わらない、時間が止まったみたいなこの町のシンボル。
(…正しいことだけじゃ、何も変えられないんだよな)
頭の中に、中学一年の生徒会長選挙の時の光景がよみがえる。
みんなの前で、理想ばかりを熱く語っていた自分。「校則をもっと自由にするべきだ」「生徒の意見をもっと聞くべきだ」って。
結果は、ボロ負けだった。「実現できる約束」として、「自転車置き場をきれいにする」とか、「目安箱を置く」とか、そういうちっちゃなことを言ったやつが勝った。大人たちはそれを「ちゃんとしてる」とほめていた。
結局、みんな、面倒なことはさけて、今のままがいいんだ。
僕たちの声なんて、どうせ届きやしない。もし届いたって、無視されるだけだ。
「…神谷、聞いてるのか?」
ふいに名前を呼ばれて、ハッとして顔を上げる。先生が、ふしぎそうな顔でこっちを見ていた。
「…はい、聞いてます」
口先だけで返事をしながら、僕は心の中でつぶやいた。
(どうせ先生も、僕たちの本当の気持ちなんて、聞く気ないくせに)
もう一度、窓の外に目をやる。
灰色のスピーカーが、まるで僕をバカにしているみたいに、そこに立っていた。
(…あのスピーカーから、もし、僕たちの本当の声を流すことができたら)
(もし、この退屈きわまりない町に、僕たちの音を響かせることができたら)
その時、ふと、そんなバカみたいな考えが頭の中をよぎった。
ありえない。できるはずがない。
そう思ったはずなのに、胸の奥が、妙にドキドキとうるさくなっているのを感じていた。