チャプター1:カウントゼロ
けたたましいアラーム音が、ほこりっぽい空気を切りさいた。
反射的に顔を上げた僕、神谷湊――コードネーム、キャプテンの目に飛びこんできたのは、ノートパソコンの画面におどる、点滅する赤い警告の文字だった。
『WARNING: TRACKING DETECTED. ESTIMATED TIME TO LOCATE: 90 SECONDS』
(警告:追跡を検知。特定までの予想時間:90秒)
「クソッ!もうバレたのか!」
隣でヘッドセットを耳におし当てながら、雨宮零士――コードネーム、ゼロが、いまいましそうに吐き捨てた。そして、ものすごい勢いでキーボードをたたき始める。画面には、わけの分からない英語や数字の列が、滝のように流れ落ちていく。ゼロのひたいには汗がにじみ、いつもは表情を変えないクールな顔が、めずらしく焦りでゆがんでいた。
「ゼロ、状況は!?」僕は叫ぶ。
秘密基地にしている、廃墟同然の公民館の一室は、パソコンや機械の熱気と、僕たちの焦りで息がつまりそうだ。
「ダメだ、キャプテン!ガードが固すぎる!こっちのIPアドレス、もう時間の問題だ!」
ゼロの声が、ノイズまじりの無線みたいに部屋の中にひびく。
僕は、隣のブース――といっても、古びたカーテンでしきられているだけの簡単なものだ――に視線を送った。
そこには、マイクに向かう橘美音――コードネーム、カノンの真剣な横顔があった。ヘッドフォンで外の音をさえぎっている彼女は、まだすぐそこにせまっている危険に気づいていない。ただ、その声は少し震えながらも、強い意志をその声に乗せていた。
「…だから私たちは、この声を届けたいんです!この町が、ただ眠っているだけじゃないって証明するために!退屈なだけの灰色の町じゃないって…!」
その時だった。
窓際で見張りをしていた七瀬莉子――コードネーム、リコが、せっぱつまった声を上げた。
「キャプテン!サイレン!パトカーの音が近づいてる!たぶん3分でここに着く!」
マズい、完全に動きを読まれていたのか!
僕は、くちびるをかみしめる。
「ゼロ、なんとか時間をかせげないか!?あと少しなんだ!」
「無理だ、キャプテン!もう限界だ!メインの回線、強制的に切断される!10秒…いや、5秒前!」
ゼロが、まるで希望がないみたいに叫ぶ。
「予備に切り替えるけど、あと1分持つかどうか…!」
もう終わりか…!
いや、でも、ここで終わるわけにはいかないんだ。
僕は覚悟を決め、叫んだ。
「カノン、最後のメッセージをたたき込め!ゼロ、切断と同時に全データ完全消去!あとを残すな!リコ、裏口確保!全員、すぐにここから出るぞ!」
僕の声に、カノンがハッと息をのむのが分かった。彼女は一瞬ためらった後、決意をこめて、再びマイクに向き直る。
ゼロは最後の抵抗とばかりに指を動かし、リコはサビついたドアノブに手をかけた。
パソコンの画面のカウントダウンが、ゼロに近づいていく。
「3…2…1…!」
カノンが大きく息を吸いこんだ。
この放送で、いや、僕たちのこの小さな反乱で、一番伝えたかった言葉を叫ぼうとした、まさにその瞬間――
ブツン。
すべての音が消えた。
パソコンの画面の光が消え、部屋は完全な暗闇につつまれた。
まるで、世界が終わってしまったみたいに静かだった。