第9話 嘘で作られた私。でも心だけは偽ることは無い
「ひっ!」
レイモンドがシオン様の変わり様に、驚いて悲鳴を上げていますが、別に表面上では目に色が赤色に変わっただけですわよ。
「レイモンド。席を外せ」
国王陛下に言われたレイモンドは、足をもつれさせながら、執務室を出ていきました。
あの……そこまで怖がることなのでしょうか?でもシオン様と同じ学年のはずですから、顔ぐらいは毎日のように合わせていたはずではないのでしょうか?
「そこに座られよ」
国王陛下はシオン様の姿をした厄災に向かって話しをするために席に付くように言う。
その言葉にヘビはしたかって、座り心地の良いソファーに腰を下ろします…………
「あの……そろそろ私を下ろして欲しいですわ」
シオン様に抱えられたままの私は、シオン様がソファーに座られますと、私はシオン様の膝の上に座ることになってしまいます。
ここここここれは、何かのご褒美でしょうか? 中身がヘビで無ければ、シオン様に抱きついていい状況です。
私が困惑していると、赤い瞳が私の顔を覗き込んできました。それにシオン様に似合わないニヤニヤとした笑みを浮かべて……胸ぐらを掴んで殴りたいですわぁ。そんな笑みをシオン様の顔で浮かべないでください。
「まぁ、良いではないか。我の用は直ぐに済む」
それだけど言って、目の前に座った国王陛下に視線を向けました。何度もこの部屋には入ったことはありますが、表向きの護衛は誰もいないのですね。
レオの父親はそこの影に潜んでいるのはわかりますねど。
「ひとつ言い訳をするが」
目の前の男がそう言って話を切り出しました。
「私はキアのこともお主のことにも手を出すなと言っていた」
これは王太子殿下にということでしょうか?そもそもなぜ王太子殿下に何かをされなければならないのでしょう。
「英雄王の息子という名に押しつぶされた者の末路だ。この結末はお前が招いたと言っていい。いや聖女と言い換えようか?」
え? 聖女様が? しかし聖女様が何をしたというのです。聖女様こそ、この国を救った英雄と言われていい存在でしょう。
「いや、私が息子の考えを変えられなかった所為だ。厄災の依代となり魔王となったシオンクラウス・アスティルを倒して、英雄王として私の跡を継ごうとした愚かな考えをだ」
もしかして、初めから王太子殿下か画策したことだったのですか?
言われてみれば、私は直接この男からシオン様の婚約者としての役目を終えることは言われていません。
レオと王太子殿下からです。
レオは父親から命じられたと言っていたので、父親が王太子殿下から命じられた可能もある。
基本的にグランディールは王族の言葉に逆らうことはありませんから。
「まぁ、良い。我は感謝しておるぞ。その愚策がなければ、我はここまで混じることはなかったであろうからな」
ヘビの言葉に国王陛下は大きくため息を吐き出しました。
「マリエの言葉は正しかった。やはり、お前は魔王となるのか?」
「さて? 魔王とはなんぞやと問おうか? 我はヴァリトラである。それ以上でもそれ以下でもない。予言の魔王とは何であろうな?」
「厄災ヴァリトラの力を使うシオンクラウス・アスティルということは、マリエから聞いている」
「だったらそう言うことである」
私が驚きの視線をシオン様に向けます。シオン様自身が魔王?
すると悪どい笑みを浮かべたヘビがクツクツと笑い出しました。
「よくも悪くも聖女の術は効いておる。それだけは言っておこうか」
次の瞬間シオン様の瞳の色が赤から黒に変化しました。どうやらヘビからシオン様に戻ったようです。
「それを聞いて、私もマリエの言葉に乗った甲斐があったと初めて思えた。メイを犠牲にしたのだ。術の効力が無ければ私がキアに手を掛けていただろう」
「お母様を犠牲に?」
目の前の男の言葉が気になって私が視線を向けますと、視界が一気に高くなりました。
私は私とよく似た男を見下ろすような位置にいます。どうやらシオン様が立ち上がったようですわ。
「国王陛下。私が申し上げたいことは、父の爵位の譲渡とヴィオラとの婚姻の許可の件です。これは私達の采配で日程を決めていいですね」
「ああ」
私の疑問に被せるようにシオン様が国王陛下にとんでもないことを言っています。それをこの男は二つ返事で返しているではないですか?
凄くおかしな言葉が並んでいましたわよ?
それよりも先に……
「お母様を犠牲ってどういうことですの?」
「キア。シオンクラウス・アスティルのグランディールとしてあり続けること、それがお前の存在意義だ。忘れるな」
私が聞きたいこととは別の返事が返ってきました。そんな当たり前のことではなくて、お母様のことを聞きたいのです!
再び私が口を開こうとしたところで、シオン様が男に背を向けて執務室を出ていこうとしています。ちょっと待ってください。
「ヴィオラ。俺の母にヴィオラの母を付けたということだ。母は王族でもなんでもないだろう?」
確かにそう言われればそうなのですが、犠牲という言葉には合わないような気がします。
私が考えていますと、いつの間にか執務室を出てしまい再び誰も視線が合わない廊下を歩いていました。
さっきも思いましたが、これは余りにも異常ではないのですか?
「ヴィオラ。今日から一緒に暮らすからな」
「はい?」
ちょっとよく分からない言葉が聞こえてきましたわ。シオン様と私が一緒に暮らす?どういうことですの?
「ヴィオラの了承を得られて良かったよ」
いいえ、私は疑問の声が出てしまっただけです。
「あの? どこで暮らすことになりますの? アスティル公爵邸でしょうか?」
「いいや、あそこは今は住めない」
「え?」
「更地……そうだなヴィオラの気に入る屋敷を建てよう」
今、更地って言葉が出てきませんでしたか?
「場所は郊外にあるアスティル公爵家の別邸だ」
……郊外にアスティル公爵家の別邸なんてありましたか? 私が調べた中ではそんなものはなかった筈です。
「そうなのですか……あの先ほどのヘビとの会話で確認したいことがあるのですが」
「何をだ?」
「結局王太子殿下はお亡くなりになられたということでいいのでしょうか?」
「そうだな」
「なぜ、亡くなられたのか曖昧なのですが?」
英雄王の名を受け継ごうとしたというところまではわかったのですが、肝心などうやって亡くなられたのか不明なのです。
それもレイモンドが私の所為だなんて言うではないですか。
とても気になりますわ。
するとシオン様は、ふわりとした笑みを浮かべて言い切りました。
「ヴィオラが知る必要のないことだ」
グッ! レアなシオン様を堪能したいですが、ここは聞いておかないといけない気がするのです。
「シオン様。お願いします。私の弟なのです。教えてください」
するとシオン様はいつもの真顔に戻ってしまいました。残念ですが、私の心の中にはきっちりと収めましたわ。
「雪の中の大軍だ。アレを率いいていたのが王太子だったということだけだ。勝手に人の跡をつけるようについてきて、凍死しただけの、間抜けだってことだ」
はっ! これは私の幻覚の毒で亡くなられたということではないですか!
私が王太子殿下を殺したと。
「ヴィオラ。王太子は国王陛下の命に背いたのだ自業自得だ。ヴィオラが心を病むことはない」
「でも……」
「ヴィオラにレオがついているように、レオの兄という者を外したのがいい証拠だ。王族として動くのでなく、リカルドという個人として動いたということだ」
あっ! 確かにあの場にイオが居たことには疑問を覚えました。王族のは必ずグランディールの影をつけることが決められているからです。
「王太子という身分を利用してヴィオラに嘘の情報を与えて、行動の操作をして、ヴィオラを殺そうとしたのだ。殺されても文句は言えないだろう。それにヴィオラは自己防衛しただけに過ぎない。相手を攻撃したわけではないだろう?」
シオン様の言うことに間違いはないと思うのですが、私が王太子殿下を殺したことには変わりありません。
この罪は一生私は背負って行きましょう。
唯一私に声を掛けてくれた可愛い弟のリカルド。その声を掛けた理由が、自分が王位に立つのに邪魔な存在になりうるか調べるために声をかけたのだとしても。
レオが御者を務める馬車に乗って、たどり着いた場所は、王都だと言っていいのか迷うほど郊外にある一軒の屋敷でした。
建物自体は真新しい感じで、公爵家の別邸にすれば、少々小さいと思わざる得ない大きさの建物です。
ランクでいけば、伯爵家が別邸として用いるのがいい程度の大きさです。しかし、建物の中には人の気配がありません。
馬車が止まると、建物の中に気配がないにも関わらず、玄関の両扉が開きました。
中からは見知った顔が……
「イオですわ」
それも表情が抜け落ちたイオです。仕える王太子がお亡くなりなったため、グランディールのお役目を解かれてしまったのでしょう。
仕える主がいないグランディールは、各地の情報収集に向かわせますのに、イオはどうしたのでしょうね。
「兄上。なぜこちらに?」
御者をしていたレオもイオがこちらにいることを知らなかったのでしょう。そうですわね。イオはマルディアン聖王国に行っているものばかりと思っていましたもの。
「陛下からの命を受けた。異常があれば直ぐに知らせるようにと」
「しかしマルディアン聖王国に行っていたはずではなかったのですか?」
「ヘビに睨まれて聖鳥が飛べなかっただけだ。お前たちを別れたら、逃げるように飛んで帰ったよ」
そしてイオがまだ扉が開けられていない馬車の方にやってきました。そして扉を開け、地面に降り立った私に向かってイオは跪いています。
「ヴィオラレイ様。イオ・グランディールは弟のレオ・グランディールと共にヴィオラレイ様にお仕えいたします」
王太子殿下のグランディールだったイオが私に仕えるのですか?
「私はあのとき王太子殿下を殺したのですよ」
「陛下から全ては伺っています。殿下から外されたときに、強引にでもついていかなかった自分の落ち度でありますゆえ、姫様は何も悪くはありません」
確かにグランディールが護衛する者から長期間離れるということは殆どありません。それはとても重要な任務を言い渡されたときのみだからです。
「だったら、ヴィオラが悪いというような顔をするな。邪魔だと思えば排除する」
「シオン様。イオにそのように言わないでくださいませ。主を失ったグランディールは母を知る私からすれば当然のことです。母の主は聖女様しか存在しなかったのですから」
母は聖女様が亡くなってからの五年間は人が変わったかのようになってしまいました。
全てにおいて聖女様のことしか話さなくなったのです。私を見ていても私の向こう側に聖女様がいるように声をかけてくるのです。
「それに私の名はシオン様にささげているグランディールなのですよ」
私はにこりと笑みを浮かべて言います。
「そうか。そうだったな。ヴィオラ。これからも俺の為に生きてくれるか?」
「はい。ヴィオラがシオン様が幸せにしてさしあげます。今日のお昼ご飯は何がいいですか? 大好きなシオン様の為に愛情たっぷり入れて作りますわ」
「お昼はサンドイッチだろう」
「はい!」
シオン様が大好き。その心は何も変わりません。
でも嘘つきなことには変わりません。
私はヴィオラレイと言う名に変わり、何れはアスティル公爵夫人となることでしょう。
実は大事なことまだ言っていないのです。
私、シオン様より年上なのですよ。
ここまで読んできただきましてありがとうございます。
面白い良かったよと作品を推していただけるのであれば、
下の☆☆☆☆☆で推していただけると嬉しく思います。
次に0話がありますが、聖女マリエの策略の話です。胸糞悪くなる可能性ががありますので要注意です。
それでもよければお進みください。
読んでいただきましてありがとうございました。