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第7話 幻の蝶は全てを雪の中に沈める

「私を生贄? それ意味がありますの?」


 私はシオン様に名を捧げたグランディールですから、生贄にならないと思います。

 生贄の意味を履き違えていませんか?


「それは私も厄災をアスティル公爵子息様から分離できるのであれば、疑問にも思わなかったのですが、あまりにもアスティル公爵子息様から人ならざる気配が強すぎるので、どうもこの流れはおかしと思っていたところなのです」


 この流れ? シオン様が王都からの迎えだということですか? 確かにシオン様である必要はありません。それに聖獣に守護された王女も必要ありません。


「この二日間でこの場所を調べましたが、この半年ほど人の出入りがないようなのです。まるでわざわざこの集落の者たちを追い出したようにしか見えません」

「半年? でも人が生活している風の……」

「姫様はご存知ないでしょうが、このような雪深いところでは冬越の準備はしておかねばなりません。それが全く見当たらないのです」


 なんだか私が無知みたいなことを言われてイラッときましたが、確かに私は王都から出たことはありません。


「そして先程、兄から今後の行動の予定を聞いたのですが、私たち兄弟だけで山の洞窟を調べに行こうと言ったのです。おかしすぎますよね」


 どこにおかしな要素があるのでしょう? 護衛であるレオとイオが下見に行くという話しですわよね?


「百歩譲って私だけで行けというのであれば、納得できます。しかし、ここには王族の方がおられ、公爵家の方もいらっしゃいます。我々が側から離れる意味は、役目の放棄と同意義です」


 あ……レオに言われてその違和感に初めて気が付きました。

 王族というのはマルディアン聖王国の第四王女のことではなく、私という意味であり、少なくとも王家の血が入っている公爵家のシオン様の側を離れるとはグランディールとしてはあり得ないということですわね。


「我々グランディールの横槍が入るのを懸念しておられる方がいらっしゃるということです」

「ほぅ。それは誰だね?」


 隣から濁ったような低い声が聞こえ、思わず腰を浮かせて距離を取ろうとしましたが、腰を抱き寄せられて距離を取ることができません。


「そう邪険にしなくても良いだろう? 我とお前の仲だ」


 私が離れようとしたことに、赤い目をしたシオン様が見下ろしてきました。仲はよくありませんわよ。


「我を殺す算段を知りたいものだなぁ」

「兄上は知りませんでしたよ。兄はただ王太子殿下から弟の私を手伝ってやれと言われたそうです。知っているのは恐らく聖王国の姫君ですね」


 ……レオ。なに貴方普通にヘビと会話しているわけ?

 会話が成立することはわかっていますけど、情報をくれてやる意味があるのですか?


「姫様。睨まないでくださいよ。恐らく先程の聖女様の言葉から、アスティル公爵子息様から厄災が分離できないことは知られていたことでしょう。私は姫様にキアの名を与えられたことも、この件が絡んでいたからだと、今は思っています」

「私の存在は初めからなく、厄災の生贄になるために生まれてきたのだと言いたいの?」


 なんですか! 私はお母様から死ぬために生まれてきたと言いたいのですか! 私はお母様から厄災の行動を抑えるための……抑えるため。殺すためではなく、行動の制限の方法を教えてもらった……。


「はい。なぜなら叔母上は姫様に名を捧げることを命じましたよね? そうすれば、姫様は必然的にアスティル公爵子息様から離れません。そして姫様がそこにいる限り、アスティル公爵子息様は力の制限を行います」

「力の制限?」

「クククッ。全くその通りだ。お前の読みは正しい。あやつら自身は気づかれていないと思っているようだが、我らの後方には常に大軍がついてきておったからな。それはこやつの機嫌も悪くなるだろう?」


 大軍がついてきていた? 多くの兵がシオン様と第四王女が乗った馬車を追いかけていた?


 護衛するわけではなく、距離をとり、追いかけていた?


 ならば、その大軍はどこにいるのです?


「だが肝心のどうやって我を倒すつもりだ? まさかあの雛頼りと言うまいな」

「私はそうだと推測します」

「クククッ……ハハハハハハハハハハ!」


 毎回思いますが、シオン様の姿でくっそ悪い顔して笑わないで欲しいですわ! そろそろ眠むらせても、いいですわよね!


 私は髪を結っている飾りから細い針を抜き取って、シオン様に向って右腕を振り下ろすと、その右腕が掴まれてしまいました。


「そう、急くな」


 右手を引き抜こうともびくともしません。

 すると体の方向を変えられ、なぜかシオン様の膝の上に抱えられている状態に……何故に!


「今までならお主が最初に施した毒に反応して我だけが眠っておったが、何処かの馬鹿がこやつを怒らせたからな。だいぶん入り混じってしまって、それを使うとこやつも眠ることになるぞ」


 はぁ? 誰ですか! シオン様を怒らせたという人は!

 これでは、その場しのぎの対策がとれなくなってしまったではないですか!


 シオン様まで毒の影響がでてしまっては困るので、針はしまいます。だからこの状態から私を解放してくれませんかね。


「我がこうも大人しく封じられておるのは、この世界にはない力を使われたからだ。あんな雛のようなモノで、我がどうこうできると思っている時点で甘いなぁ。しかし外はまだ寒いので我はもう少し眠るとしよう」


 すると背後から何かがのしかかってくる圧迫感が……言われてみれば、いままで冬に表にでてきたことは一度もありませんでしたわね。

 それほど今はシオン様と混じってしまっているという証拠なのでしょう……これ、はっきり言って解決策なんてないですよね。


 強いて言うのであれば、今誰かが行おうとしているシオン様ごと厄災を始末するという方法。


 でもそんな愚行を私が絶対に許しません。


「姫様。どうされますか? 私は姫様のグランディールですので、姫様の命令に従います」

「その前に重いのでシオン様を私から移動させてもらえない?」

「それは私に死ねと」


 ……どうしてそうなるのかしら? ただ、シオン様が倒れ込んでいるので、私が身動きがとれないと言っているのです。


 誰も死ねとは言っていません!!


「はぁ、降っている雪はそんなに水分を含んでいないようですから、これを使いましょう。ようは敵の目を暗ませばいいのです。ということで雪が降っている間に動きますので、シオン様を私から移動してくれるわよね」


 敵が誰かは存じませんが。


「たぶん普通に姫様が声を掛けたほうが、世界が平穏にすみます」


 世界とは大げさですわね。しかしレオが嫌と言うなれば、私がどうにかしなければなりませんか。


「シオン様。シオン様。起きてください。私は今から毒の散布にまいりますので、この辺りに結界を張ってもらうと助かるのですが?」

「姫様。それ、どこの悪の組織の者ですかという台詞ですよ」

「ただの幻覚を見る毒です!」

「わかった。ついていく」


 いつもなら毒の所為でぼんやりとしているシオン様ですが、今回はヘビがまだ寝るといって引っ込んだためか、シオン様はスッと起きました。


「あの……結界を……」

「雪に混ぜるのなら室内は平気だろう?」

「……いつから聞いていました?」


 その話をしているときは、まだシオン様に意識が戻っていないときですわよ。

 もしかして寝たふりですか!


「ヘビが言ったように大分混じっているから、全部知っている」


 聞こえているではなく、知っているですか。

 はぁ、本当に厄災とシオン様は混じり合ってしまっているのですね。


「そうですか」


 私はそう言って立ち上がります。

 そして、レオに渡された外套を羽織りました。


「シオン様はそれで大丈夫なのですか?」


 外套のフードを被りながらシオン様を仰ぎ見ます。


 私には他の者と混じるという感覚がわかりません。ですから、シオン様がシオン様として大丈夫なのか、とても心配です。


「ヴィオラが側にいてくれるのなら大丈夫だ」

「私ですか? それはもちろん、シオン様のお側におりますわ」


 シオン様が大丈夫だと言うのでしたら大丈夫なのでしょう。


「あ、ヘビにどの辺りに大軍がいるか聞いていませんでしたわ」


 風向きによってはそちらに毒が行き渡らない可能性があります。


「それはわかっている。ここから南の谷に身を潜めている」

「うっ! それ人が感知できる範囲ではないです。アスティル公爵子息様」


 シオン様が大軍のいる場所を教えてくれました。そうですか、谷であるなら、雪風を防ぐにはいい場所ですが、どこの谷のことを言っているのでしょう?

 レオは心当たりがあるようですが。


「それはどの辺り?」

「ここから五キロメル(キロメートル)ほど南に下ったところに、開けた場所があるのですよ。恐らくそこです」


 ああ、大軍という人数を留めておくには、それなりのスペースが必要ということですわね。


 五キロメル先ですか……そうすると……上空からの方が効率がいいけど、その分広範囲になるので、量的には……


「わかりました。集落の一番北側の大きな建物の上に行きましょう」






「シオン様。保存食しかなくてこんなものしか作れないのですけど」


 翌朝、昨日の吹雪がなんだったのかというぐらいに青空が晴れ渡り、私は自分たちが持ってきた保存食でスープと鍋で焼いたパンを朝食としてつくりました。


 シオン様がくるとわかっていれば、近くの町から食べ物を調達していましたのに。


「いや、十分だ」

「そう言ってもらえると嬉しいです。熱いのでふうふうしてあげますね?」


 するとスープの器ごとシオン様に取られていってしまいました。

 残念ですわ。


「おい。レオ。あれ毎回なのか?」

「兄上、何をいっているのですか? いつもですよ」

「甘々の意味を初めて理解した」

「何を言っているのですか? あれツンツンの方です」

「はぁ?」


 朝から兄弟は仲良く並んで食事をとっていますが、話の内容がさっぱりわかりません。


「それにしても第四王女さんが目を覚まさないのだけど、やっぱり疲れていたんだな」


 マルディアン聖王国の第四王女が未だに眠っている小屋の方に、イオが視線を向けながら、うんうんと頷いている。


 その言葉に、レオと私はイオから視線を背けてしまいました。その原因を作った人は黙々とスープとパンを食べています。 




 昨晩なるべく高いところにと、一番大きな建物の屋根の上に立ち、私は術を施行したのです。


「『酔生夢死(すいせいむし)』」

「うわ! 姫様えげつない」


 何かを言っているレオは無視して、私は手のひらを上にして、金色の蝶のようなものを作り出し幾重にも解き放つ。少しでも遠くに飛んで雪に溶けるように、飛びながら鱗粉をばらまく蝶の姿を模してみました。


 すると横から手が出てきて、金色の一匹の蝶を取っていきます。


「あのシオン様? それ蝶ではありませんわよ?」


 その蝶を球状の結界に閉じ込めています。

 術で作っているので観賞用にもなりませんわよ。


「一時間ほどで鱗粉を撒きながら消えるようになっているので、捕まえても意味がありませんわ」

「大丈夫だ」


 ……何が大丈夫なのでしょう。


「それでこれの何が、えげつないのだ?」

「え? 別に大したことはありませんわよ?」

「それは酔ったような夢を見ているような感覚に陥らせるものです。こんな雪の中で使うなんて、凍死しろってことですよね」

「あ……」


 レオに指摘されて、確かにこんな吹雪いているところで、使うものではありませんでしたわ。


「どうしましょう! もう使ってしまいましたわ!」

「別にいいだろう? こんな雪の中を行軍してきたんだ。凍死のリスクも考えているだろう」


 シオン様はそう言って私を抱えあげました。


「きゃ!」

「ここは冷えるから、さっさと戻ろう」


 その戻っていくときにマルディアン聖王国の第四王女が休んでいる小屋に金色の蝶を外から投げ入れたのです。


 因みにイオは、乗ってきた馬車を引いてきた騎獣の世話をしていたため、その場にはいなかったのでした。


 ですから、第四王女と聖獣が寝ているのは、私の毒の所為です。



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